今年の公開作はこの1本だけ 休養していた理由とは

――千松さんが猟で脚を骨折した際に、手術をしない選択をする。交通事故ならば手術をするけれど、動物に罠を仕掛けていた自分が手術をするのは対等ではない、と。これは衝撃でした。

  人間同士で対等であることを考えるだけで精一杯なのに、千松さんはさらに動物とフェアでいようとする。すごいなあと思いました。

 映画を観てもらうと分かるのですが、その怪我した脚で最後、猪との長い命のやりとりを映しています。
 
――どこまでフェアになれるか、という意識が基本なんですね。

 そう思います。生き物と対峙して、人間がどうしたって有利だからこそ、フェアであろうとしているんだと思います。

 僕は兄妹が人より多かったせいか、昔からフェアであることについては考えさせられました。

 誰が損をして、誰が得をするのか、兄妹が多いと争いの中で逞しくなると言われますが、そんな感じではなかったんです。

 むしろ争いをなくさないとキリがない。そのために共通の倫理観や道徳を身につけていく。

 そういう感覚が一応、子供の頃からありますね。どの口が言うんだと親や兄妹から言われそうですが(笑)。

――そのお話を聞いて、ドラマから映画化もされた『宮本から君へ』を思い出しました。池松さんが演じた宮本も、フェアであることにとてもこだわる。

 突き詰め過ぎたフェアですけれども。非常に利己的な(笑)。
 
――今年はこの映画以外、公開作がないと聞きました。しばらくお休みなのでしょうか?

 昨年、長く休んでいました。そう決めていたわけではありませんが、おそらく立ち止まるべきときが来たと判断したんだと思います。『宮本から君へ』には長く関わっていたので、どっと疲れてしまって。映画は1年前に撮ったものが今年公開になります。

 だから去年はほとんど働いていないです。肉体は働かずとも、本を読んだり、映画を観たり、考えごとをしたりと、心と脳は忙しかったのですが。

――『宮本から君へ』の場合、テレビシリーズも映画もあって、さらにとてもキャラクターも強い。かなり抜けるのに時間がかかったのでしょうか。

 抜けなかったというのは少し違う気がしますが、公開されるまで先に進むことができなかった、進みたくなかったと言うべきなのか。

 やっているときから、自分が次のモードになるまで、時間がかかるということはなんとなく分かっていたので、「どうしてもこれはやりたい」と思えるものが来るまでは、少し休んでいようと思ったんです。

 偉そうなことを言うと、俳優には魂の休養が必要なんです。

 なので去年は、この作品と、あとはNHKで不定期にやっている「金田一耕助」を撮っただけです。

 お気づきの通り、魂を休養させ過ぎていますが(笑)。それでもこのコロナの事態です。結果的には今年公開を先送りにしなければならない作品が続いてしまっています。

 良かったと言ってよいのか分かりませんが、結果的には昨年休んで、自粛期間によって立ち止まって、色々と先送りにしていたような個人的な考えごとをしたり、ふと昔のことを思い出したり、貴重な時間になりました。

 今年は今のところ前半で映画を2本撮っていて、後半も2本撮る予定があります。

2020.08.23(日)
文=石津文子
撮影=榎本麻美