東京・大手町の日本旅館「星のや東京」が人気を集める理由のひとつに、浜田統之シェフの手による独創的な「Nipponキュイジーヌ」がある。

 宿泊客だけが体験できる魚料理のフルコースが生まれた背景と、これから進むべき道を訊いた。


限られた食材で作るほうが
発想が豊かになる

 星のや東京は、日本の伝統様式を重んじながら現代人にあわせた快適性を採り入れた、日本旅館の進化形だ。

 地下2階、地上17階という縦の空間に旅館の要素を組み込んだ、「塔の日本旅館」がコンセプト。玄関で靴を脱いで上がると、足裏には畳の感触が伝わり、イグサの香りが鼻腔をくすぐる。

 伝統的な和のしきたりをモダンにアレンジしたもてなしと並んで星のや東京を象徴するのが、ダイニングで供される「Nipponキュイジーヌ」だ。

 料理長の浜田統之氏は、「ボギューズ・ドール国際料理コンクール」の2013年大会で、日本人初の総合3位、魚料理では世界1位の得点を獲得している。この高い技術力を存分に活かし、現代の日本旅館にふさわしい、日本ならではの新たな料理に取り組んでいる。

 浜田シェフに、料理をするうえで大切にしていることを尋ねると、「Less is more.(より少ないほうがより豊かだ)」という、建築家ミース・ファン・デル・ローエの言葉をあげた。

「限られた食材で作るほうが発想は豊かになると思っています。ひとつの食材に徹底的に向き合うほうが、本質に近づけるというか。現代は食材がありすぎて、頭のなかでそれらを組み合わせて作っても、浅い発想にしかならない気がします」

 こうして、数ある食材のなかから日本の食文化を支えてきた「魚」に注目、魚料理を極める「Nipponキュイジーヌ」というスタイルが生まれた。浜田シェフは言う。

「普通に考えたら、日本旅館でフレンチの技法を使った料理を出すこと自体がおかしいわけです。でもここは『塔の日本旅館』だから、現代的な要素があっていい。旅館ならではのプレゼンテーションだったり、旅館だから引き立つ味だったり、旅館でお出しする料理だということを強みにしたいと考えています」

文=サトータケシ
撮影=白澤 正