舞台版から大きく変わった点は?

金像奨では作品賞他、7部門の候補に。「香港でも男性視点の映画のほうが大ヒットしがちですが、女性監督が増えつつある。女性の考えをサポートするべきだし、いろんなテーマが選択できるといい」

――映画ではクリスティを人気女優クリッシー・チャウ(『西遊記~はじまりのはじまり~』などに出演)、彼女に部屋を貸すレコード店員ティンロを、歌手で女優のジョイス・チェン(『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義』などに出演)が演じています。舞台版ではキーレンさんの一人二役だったそうですね。今回そうしなかった理由は?

「正直なことを言うと、一人二役を出来るこの世代の女優が香港にはいないんです。なので、映画化の話が出てからも、実現は厳しいのではと思っていました。『自分でやったら?』という人もいましたが、舞台女優の私が映画に出てもお客さんは来ませんしね(笑)。それに初めて映画監督に挑戦するので、集中したかったんです」

――確かに。

「ところがある会議で、誰かが『2人を別の女優が演じればいいのでは?』と言ったんです。『それで決まり! はい、会議終了』でしたよ(笑)。2人の女優に演じてもらったことで、新しい世界が広がったんです」

トニー・レオン主演『花様年華』のポスターや、レスリー・チャンのドラマ「日没のパリ」、レオン・ライの歌などが重要なモチーフに。香港明星たちへの愛が散りばめられているだけでなく、話の伏線にもなっている。

――彼女たちは正反対に見えますが、どちらも監督の中にいるキャラクターなんでしょうか?

「そうだと思います。きっと、みんなそうなんじゃないでしょうか。バリバリのやり手にも悩みはあるし、いろんな顔を持っている」

――29歳から30歳になるとき、悩んだり、決断をしたりすることが多いのはなぜだと思いますか?

「映画の中で『土星の公転周期が30年』という話をするんですが、本当に関係しているのかもしれませんね(笑)。実際、いろいろな悩みが増えてくるし、決断も迫られる。でも、変化があることで、新しいことを学べるから、悪いことではないと思います」

クリスティは父の認知症をきっかけに、過去を振り返る。古いカフェや小物など、今や姿を消しつつある、かつての香港文化を感じさせる背景も味わい深い。

――実は私も30歳で会社を辞めた一人です(笑)。

「『29歳問題』で描いているのは、この世代に限らない、生きていれば誰もが出会う普遍的な悩みでもあるんです。もし、失敗しても、人生をやり直す必要はない。毎回、自分が下した決断が正しいとは限らないけれど、自分の過ちを受け入れることが大事。それが人生のレッスンなのではないでしょうか?」

キーレン・パン(彭秀慧)
1975年香港生まれ。香港で最も有名な舞台女優で舞台演出家。クロスメディア・クリエーター、作家、脚本家としても活躍。2005年に発表した制作・脚本・主演を兼ねた初めての一人芝居『29+1』は高い評価を得て、2018年までに7回の再演を行っている。2010年には一人芝居『再見不再見』で香港戯劇協会舞台劇奨最優秀主演女優賞を受賞した。2006年、パン・ホーチョン脚本・監督の映画『イザベラ』(ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞)の脚本を共同執筆。2017年、『29歳問題』で映画監督としてデビュー。

『29歳問題』
2005年、香港。30歳を目前に控えたクリスティ(クリッシー・チャウ)は、周囲も羨むほど充実した日々を送っている。が、そんなある日、住み慣れたアパートからの退去を言い渡されてしまう。とりあえず見つけた部屋は、住人がパリ旅行に行っている間だけの仮住まい。その部屋で、クリスティはそこに住むティンロ(ジョイス・チェン)という女性の日記を見つける。部屋の主に俄然興味を持ち始めたクリスティは、そこに書かれているティンロのささやかな日常に知らず知らずのうち惹かれていく……。
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YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開中
http://29saimondai.com/

石津文子 (いしづあやこ)
a.k.a. マダムアヤコ。映画評論家。足立区出身。洋画配給会社に勤務後、ニューヨーク大学で映画製作を学ぶ。映画と旅と食を愛し、各地の映画祭を追いかける日々。執筆以外にトークショーや番組出演も。好きな監督は、クリント・イーストウッド、ジョニー・トー、ホン・サンス、ウェス・アンダーソンら。趣味は俳句。長嶋有さん主催の俳句同人「傍点」メンバー。俳号は栗人(クリント)。「もっと笑いを!」がモットー。片岡仁左衛門と新しい地図を好む。

2018.06.01(金)
文=石津文子