食べていくと、心が満たされるステーキ

ガリッとした焦げをまとったイチボ。

 仕入れる黒毛和牛の質、部位によって焼き方を変え、最高のポテンシャルが出るように焼きあげる。例えば滋賀「木下牧場」の肉を焼いた時の食感は、以下の如く。

 ハラミのステーキは、脂の醍醐味と肉の香りが口の中で爆発しながら、すうっと消えていく。だからいくらでも食べられる。

 イチボは、歯が肉に吸い込まれるように入っていき、甘い汁がじっとりとこぼれ出る。なんとも品がいい、きめ細かい肉質である。

 健やかに育った牛の清らかな滋味が、噛むほどに溢れ出て、黙ってしまう。肉に木下牧場の家族たちの誠実があり、それを茂野さんが素直に引き出す。

 だから食べていくと、心が満たされる。食べる喜びを感じると同時に、なくなっていく寂しさも感じながら、ただただ牛に感謝する。

 茂野シェフは言う。

「僕にとってはオンリーワンの牛です。イチボは糖度が高く、酸の伸びがある。でも他の牛に比べて、焼きあがるピークが極めて狭い。だから緊張します」

 ある日は、「同じ焼き方ではなく、違いを出して食べてもらおうと思って、サーロインは揚げ焼き、イチボはグリルにしました」。

 キャラメル香に抱かれたサーロインは、だれていない脂のうまみと表面の焼かれた香りが抱き合って、甘く、切なく、凛々しく、食欲を煽る。

 ガリッとした焦げをまとったイチボは、その猛々しい肉汁と微かな酸や、焦げ茶のほろ苦みが混沌と口の中で渦巻いて、我々の体に眠っていた野性の血を叩き起こす。

 思わず叫ぶ。

「肉を食らっているぞぉ!! 僕らは生きている!!」

 それは生きる証であり、生かされている感謝であり、肉を食む根源的な喜びであり、京都「Le 14e」稀代の焼き師、茂野シェフが与えてくれた、勇気である。

焼き菓子としての真っ当な美味しさがある、プリン。

Le 14e(ル・キャトーズィエム)
パリにあるステーキの名店「Le Severo」でステーキ修行、休日は有名な肉職人のユーゴ・デノワイエ氏の店で肉を覚え、六本木のワインバー「祥瑞」を予約の取れないステーキの名店に仕立てた茂野眞さんが、2013年に京都に開いた小さなステーキ屋。ステーキ以外はパテやソーセージなどの肉加工品やサラダなどシンプルなメニューしかない。が、ワインとともに純粋に肉を楽しみたい方にとって、これほどすばらしい店はない。

所在地 京都市上京区伊勢屋町393-3 ポガンビル2F
電話番号 075-231-7009
営業時間 平日 12:00~13:30(L.O)/18:00~23:00(L.O. 21:30)、土日祝 16:00~23:00(L.O. 21:30)
定休日 水・木曜
アクセス 京阪電気鉄道「神宮丸太町」駅より徒歩5分

マッキー牧元(まっきー・まきもと)
1955年東京出身。立教大学卒。(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スイーツから居酒屋まで、全国を飲み食べ歩く。「味の手帖」 「銀座百点」「料理王国」「東京カレンダー」「食楽」他で連載のほか、料理開発なども行う。著書に『東京 食のお作法』(文藝春秋)、『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)、『ポテサラ酒場』(監修/辰巳出版)ほか。

 

Column

マッキー牧元の「いい旅には必ずうまいものあり」

立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スイーツから居酒屋まで、全国を飲み食べ歩く「タベアルキスト」のマッキー牧元さんが、旅の中で出会った美味をご紹介。ガイドブックには載っていない口コミ情報が満載です。

2016.04.21(木)
文・撮影=マッキー牧元