【BLでは普通の男の子が恋をする。】

 以前にも書きましたが、BLのステレオタイプは、いまだに絹のシャツの美丈夫と美少年、あるいは瞳に星が入った美少年同士が薔薇を背負って悲恋に落ちて死んだりする話だとイメージしている節があります。じつは90年代にはじまる商業BLの創成期からして、このテイストを指向する作品はむしろ少数派でした。作家たちの集団としての意思は現代社会のどこにもいるような普通の男の子同士の、しかもハッピーエンド物語の在り方を、作画技術も含めて広く模索していたのだと思います。

中学生が高校生に一目惚れ。2年越しのオロチの恋の物語

 では、ごく普通の男の子同士の恋を商業BLとしてはじめて描いたのは誰でしょうか? ……という問いにこのひとだと作家を特定するのは難しいですが、明らかにそのうちのひとりだったと言えるのが、雁須磨子さんです。雁さんが描いてきたのは、特におしゃれでもない今時の格好、普通に頭が良かったり悪かったり、福岡弁での会話、部活で坊主頭などの属性を持つ男の子たちの恋の話でした。

 最新作『オロチの恋』もこの系統を継ぐ物語です。

 オロチというあだ名を持つ強面でガタイのいい中学生の木羽は、ある日ファストフード店で泣いている名前も知らぬ高校生男子のことが気にかかる。同じ高校へ入学したオロチは、そのひとが田之崎という名の3年生と知ることができた。早速アプローチするために田之崎の教室を訪ねたオロチは、絡んできて当てこすりを言う田之崎の同級生ムタと喧嘩になってしまう。するとなぜか田之崎は泣きながら、オロチにムタの態度を謝ってきた。

 いろいろ察してしまったオロチの初恋の行方が気になります。

『オロチの恋』(既刊1巻) 雁 須磨子

BL読みで雁さんの描く普通の男の子が嫌いなひとがいるだろうか? いや、いない。独特の味わい深い手描き文字のセリフにも注目を。絶妙なニュアンスで心情を補足し、心に刺さる。オロチと友人・野口の相棒感がおバカでかわいくてにっこり。
幻冬舎コミックス 630円
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福田里香 (ふくだりか)
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Column

BLマンガ基礎講座

BLはボーイズラブの略。ざっくり定義を述べると「主に女性の読者に向けて描かれた男同士の恋愛をテーマにした作品」。実は名作が満載のこのジャンル、食わず嫌いはもったいない!

2016.03.06(日)
文=福田里香

CREA 2016年3月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

新・東京ガイド。

CREA 2016年3月号

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定価780円