岡本翔子の「モロッコ バラの蒸留物語」

岡本翔子の「モロッコ バラの蒸留物語」

モロッコで早朝に手摘みされる
バラの原生種ダマスクローズ

 占星術研究家の岡本翔子さんが愛してやまないモロッコ。その美しい砂漠へ向かう街道の途中、バラの谷と呼ばれる小さな村で、モロッコ美容に欠かせない魔法の水「ローズウォーター」を精製する現場に潜入!? そこで見た、バラ色一色の世界とは――。

» 第1回 サハラ砂漠へ向かう街道にあるバラ畑で モロッコの“魔法の水”が生まれる
» 第3回 バラのエッセンスを凝縮して封じ込める 中世イスラム時代に発明された蒸留法

つぼみが完全に開く前のバラの香り

左:バラの蒸留工場の屋上から見た、緑豊かなケラア・ムゴナの風景。
右:工場の目前に広がるバラ畑。

 朝を告げる鳥たちの鳴き声と共に、窓からバラの香りを含んだ風が入り込んでくる。それを五感で受けるとすっきりと目覚めてしまった。

「不思議なのですが、ケラア・ムゴナではたくさん眠る必要がないのです」

 工場の現地責任者、ラシッドさんの言葉を思い出す。工場滞在1日目は、まず朝の散歩から始まった。目の前の畑では、既に女性たちが大きな前掛けをしてバラを手摘みしている。バラの収穫は早朝の涼しい時間に限られている。砂漠に近いこの村では、灼熱の太陽が高く上ると気温が上がり、バラの香りを揮発させてしまうからだ。香り高い花を収穫するためには、完全に開く前の、八分咲きのものを摘む必要があるそうだ。

バラを摘むのは村の女性たちの仕事。慣れた手つきで花を摘み、無造作に衣服の前ポケットに入れていく。

 この一帯は、モロッコの先住民であるベルベル人が、山岳地帯やバラの谷の川沿いに土の集落を築き、伝統的な暮らしを営んでいる。彼らは独自の文化や言葉を持つ、穏やかで誇り高い人々だ。ダマスクローズはバラの原生種で、原産は中近東もしくはアジアとも言われるが、フェニキア人により、エジプトやギリシャを経てヨーロッパに運ばれたという。恐らくその過程で、北アフリカのモロッコにも伝播したのではないだろうか。

古くから「バラの女王」と愛されてきたダマスクローズ。その姿はむしろ少女のように可憐。

 もともとこの地方にはアトラス山脈の雪解け水が流れる豊かな川があった。そこでは必然的に農業が行われ、初めは作物を守る生け垣としてバラが植えられたという。今では世界有数のダマスクローズの産地となっているが、それが農業の副産物として生まれたというのだ。フランスの大企業が、この地のバラを安く買い叩こうとしたとき、誇り高きベルベルの村人たちは、自ら花を切り落として圧力に抵抗したそうだ。バラはケラア・ムゴナの人々の魂の象徴ともいうべきものなのだろう。

 工場に戻ると朝ご飯が用意されていた。働く人々はすべて男性だ。彼らは数人ずつのグループを作り、シフトを組んで、昼夜を問わず作業に明け暮れる。なぜならこの工場が稼働するのはたったの2週間。この期間で、1年分のローズウォーターを生産するからだ。

 私が「5月にバラの蒸留工場へインターンに行くの(笑)」と話すと、同行に名乗りを上げた友人が2人。現場責任者、ラシッドさんは私たちに、簡素だけど清潔でちゃんと鍵のかかる部屋を用意してくれ、インターン(?)とはいえ3食付きの楽しい共同生活が始まった。

<次のページ> 床に広げられたバラのむせ返るような芳香

2016.03.04(金)

文=岡本翔子
撮影=齋藤順子、岡本翔子

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