【KEY WORD:台湾新総統】

 台湾で総統選挙がおこなわれて、野党・民進党の蔡英文(さい・えいぶん)さんが圧勝しました。「内向的で控えめ」と自分を評するほど、慎み深い雰囲気の女性。飼い猫2匹と自宅で暮らしているそうです。なんだか好感の持てる人ですね。この政権交代で、なにが変わるのでしょうか。

 台湾はもともとは独立した島国でしたが、大航海時代にオランダやスペインの植民地にされ、つづいて中国に併合され、さらに日清戦争で中国が日本に敗れたあとは、日本の植民地になりました。第二次世界大戦が終わると、中国では毛沢東ひきいる共産党と、蒋介石ひきいる国民党のあいだで内戦がおこります。共産党が勝利し、国民党のメンバーは大陸を逃れ、台湾に移り住み、「こちらが本物の中国だ」と主張しました。ここから、大陸の中華人民共和国と、台湾の中華民国という「ふたつの中国」の時代がはじまります。

 だから台湾には、大陸から逃れてきて移り住んだ国民党の人たちである「外省人」と、もともと台湾に住んでいた「本省人」の2種類の人たちがいます。戦後はずっと、外省人の独裁政権がつづいていました。でも共産主義の大陸とはことなって資本主義下にあった台湾は経済が成長し、先進国となり、人々の暮らしは豊かになったのです。

 1980年代後半には独裁政治がおわり、大統領選挙にあたる「総統」選挙もおこなわれ、民主化が進みました。この結果、少数派の外省人の支配がだんだんと溶けて、もともとの地元人である本省人が社会の中心になっていく動きが起きてきます。

 しかし同時に、経済的には大陸が急成長し、いっぽうで台湾の経済は落ち込むということが2000年代後半に入って起きてきます。大陸との経済のむすびつきはどんどん強くなり、もはや大陸なしには台湾の経済はなりたたないという状況になってきました。これに重なるように、大陸の中国のパワーが強くなり、大陸が台湾をふたたび支配してひとつにまとめようとする動きが、だんだんと加速してきています。「大陸とどう付き合うか」という古くて新しいテーマが、台湾に大きくのしかかってきたのですね。

台湾が大陸に呑み込まれるという危機感

 今回の総統選で敗北した国民党の前総裁、馬英九(ば・えいきゅう)さんはここ数年、大陸に強く接近していきました。これに対して、このままでは大陸に呑み込まれてしまうと危機感をもった台湾人も多く、そういうなかで学生たちが議会を占拠した「ひまわり学生運動」が起きたのも記憶に新しいところです。一昨年のことですね。

 そして今回、台湾自主独立派であり、本省人の家の出身である蔡英文さんが総統になることになったのです。これからその舵取りの腕がためされることになります。中国経済との結びつきは強めながら、台湾の独立も維持していくことができるのか。とりあえずは現状維持を狙うというところでしょうが、中国の台湾に対する姿勢も日々強くなっています。衝突や経済制裁などにいたらないようにしながら、この攻勢をどう防いでいくのかという手腕が期待されています。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

佐々木俊尚のニュース解体新書

30代女子必読の社会問題入門コラム。CREA世代が知っておくべき最新のニュース・キーワードを、ジャーナリストの佐々木俊尚さんが分かりやすく解説します。

2016.02.08(月)
文=佐々木俊尚