◆「東京物語」(1979年)

作曲は川口真、編曲は馬飼野康二。歌謡界のマエストロが顔を揃えている。ジャケットの横顔は、ちょっと巨人および阪神に在籍した故・小林繁投手に似ている気が。そういえば、小林氏も歌手として何枚かシングルをリリース。79年のデビュー曲「亜紀子」はそこそこヒットした。

 森進一との旅の終着点は、東京(すいません、襟裳岬はこの季節寒いんで立ち寄るのをやめました)。

 ここで「東京物語」を取り上げないわけにはいくまい。1977年にリリースされたこの楽曲は、森進一屈指の名曲であると同時に、阿久悠畢生の名曲でもある。誰が文句を言おうと俺は個人的にそう断じる。

 だって、“一日に二本だけ 煙草を吸わせて 珈琲の昼下り あなたを待つ夜ふけ”とか“群れからはなれた 男と女が 小羊みたいに 肌寄せあって”なんて歌詞、阿久悠以外の誰に綴ることができるだろうか。

 始まったばかりの恋でありながら、そのぬくもりの底には、ごくごくひっそりと小さな別れの気配が沈み込んでいるように感じさせる。青く冷たい炎を目の奥に宿した大人の関係を、阿久悠は透徹した視線で描く。そして、女言葉で切々と歌い上げる森進一のヴォーカルは、その世界観を十全に表現している。

 ……今の段落、阿久悠に触発されてリリカルなこと書こうとしてみたが、何だか変に陶酔したような文章になってしまった。とりあえず猛省する。

 ビートを前面に押し出し、ロックやR&Bの影響も濃厚。演歌というジャンルには収まりきらない魅力を持つこの楽曲を、オリジナルの発表翌年の78年に早くもカヴァーしたのが、近田春夫&ハルヲフォンである。

ロックの文脈において歌謡曲を評価するというアティテュードなどまったく想像もされていなかった時代に産み落とされた奇跡の名盤が『電撃的東京』。

 グラマラス、そしてパンキッシュ。原曲をその骨組の段階まで解析した上で、シンプルかつ効果的なロックのイディオムを加味し、本歌取り以上の成果を放つ。あまりに批評的である。

 後に、引用文化の精華であるヒップホップに進出し、週刊文春の連載コラム「考えるヒット」で批評家としての本領を発揮する近田春夫の素地がここにうかがえる。

 この楽曲が収められた『電撃的東京』では、郷ひろみ「恋の弱み」、山本リンダ「きりきり舞い」、平山三紀「真夜中のエンジェル・ベイビー」、フォーリーブス「ブルドッグ」など、素晴らしすぎるカヴァーが披露されている。このアルバムについて語り出すと平気で5時間は経つぐらいきりがないので、ここでは、必聴、とだけ囁いておく。

 ふと思いついたのだが、森進一は昨年の紅白で、原節子追悼として「東京物語」を歌うべきだったのではないか。

 まあ、彼女が出演した小津安二郎監督の映画『東京物語』が同曲のタイトルにインスピレーションを与えたことは確実だが、自身最後の紅白に他人への――しかもだいぶ迂遠な――トリビュートを強いるのは無理な注文だった。

 ということで、森進一さん、48年間連続出演を果たした紅白歌合戦からのご卒業、お疲れ様でした。素敵な歌声をありがとうございます!

 みんな、森進一さんの名曲をもっと聴くように! あと、CREA Traveller冬号も買ってください!

「冬のリヴィエラ」森進一
作詞/松本隆 作曲/大滝詠一 編曲/前田憲男

「紐育物語」森進一
作詞/松本隆 作曲/細野晴臣 編曲/細野晴臣、坂本龍一

「POISON ~言いたい事も言えないこんな世の中は~」反町隆史
作詞/反町隆史 作曲/井上慎二郎 編曲/吉田建

「盛り場ブルース」森進一
作詞/藤三郎 補作詞/村上千秋 作曲/城美好 編曲/森岡堅一郎

「東京物語」森進一
作詞/阿久悠 作曲/川口真 編曲/馬飼野康二

ヤング(やんぐ)
CREA WEB編集室メンバー。毎朝午前中の編集室に爆音で流れていた「大沢悠里のゆうゆうワイド」が2016年4月に終了することを知り、スタッフ一同ショックを受けている。

Column

CREA WEB編集室だより

このコラムでは、CREA WEB編集室の日常を彩るよしなしごとを報告しつつ、CREAおよびCREA Travellerのプロモーションに励んでいきます。紀尾井町から、さわやかな風をあなたに。

2016.02.03(水)
文・撮影=ヤング