今日の絶景

今日の絶景

清が日本との戦争に敗れた原因は
西太后が愛した庭園の修理にあった?

Magnificent View #847
頤和園(中国)

(C) Robert Harding Images / Masterfile / amanaimages

 名園と呼ばれる場所が随所にある中国のなかでも最大級のものが、北京にある頤和園。総面積は東京ドーム62個分に相当する290ヘクタール、敷地内には100棟以上の建物が立っている。

 前身は、1750年、清朝の乾隆帝が母の還暦を祝して建造した庭園。巨大な人工湖を掘り、その土で標高60メートルの山を造るという一大工事は、15年にもおよんだという。ご覧の十七孔橋は、その当時に造られたものだ。

 だが、そんな豪華な庭園も、清朝の衰退とともに荒廃。1860年のアロー戦争時には、英仏連合軍により破壊されてしまう。

 荒れ果てた庭園を夏の離宮として再建したのは、清朝末期の権力者、西太后。莫大な改修費を補うため軍事予算を流用し、そのことが原因で日清戦争に敗れたとも言われている。

 清朝が滅びた後は、皇室の私有財産や国の公園、共産党幹部の居住地などになり、1553年から一般公開。時の権力者たちが構築した庭園は今、観光客や市民の憩いの場となっている。

2016.01.25(月)

文=芹澤和美

同じテーマの記事

もっと見る

TRAVEL} 新着記事

もっと見る

  • ILTM
ページの上部へ