牛鍋は飲み物! 卵に閉じ込められた牛のおいしさ

 というわけで、今回のお目当ては「牛鍋」。お昼でも夕食でもない、おやつタイムの牛鍋である(メニューとしては終日注文可能)。そんな時間でもきちんと仲居さんが迎えてくれ、個室に案内してくれるのがうれしい。歴史ある建物の静かな佇まい、大好きだ。

まるで武家屋敷。着物姿の仲居さんがもてなしてくれる。

 なにしろ「30分後に!」と電話しておいただけあり、牛鍋はすぐにうやうやしく運ばれてきた。すき焼きは仲居さんがつきっきりで面倒をみてくれたけれど、牛鍋はカジュアルに私たちだけで食べるようだ。

 「中サイズだと多いかも」と聞いていた「鍋」は意外と小さかった。写真を撮り損ねてしまったが、磨き込まれた浅い鍋に木蓋がされている。

 蓋をちょこっと開け「これは大変!」と思わず悲鳴を上げる。気を抜いていたが、なんだかものすごく好みのタイプのものがそこにちらりと見えたのだ。思わず仲居さんと目が合い、「なんだかドキドキします」とか口走ったような記憶も。

 気持ちを落ち着け、木蓋オープン! 御覧なさい、この雄大なる景色を。トロトロの卵と凛とした肉を。まさかここまで好みの料理がこの世にあったとは……!

肉、卵、水分のバランスが完璧。グビグビ飲める。

 まず、牛肉が素晴らしい。甘辛く煮込まれているが、縮れるどころかゆったりとやわらかい。すき焼きに使われているのと同等の肉とお察しする。肉以外の具としては、ねぎとしらたきが入っていたが、ほぼほぼ肉である。そして、卵の量が多く、推定3個は使われているだろう。バランス、完璧。

 秘訣は鍋にもある。かなり浅くて、その浅さがいい仕事をするのだ。短時間で水分が蒸発しきって、卵トロトロと牛肉が絡まり合う世界がそこに広がっている。お箸で食べやすく、牛丼の具のようにびしゃびしゃすることはない。すべてが卵の中に閉じ込められきった世界に、私はとても感動した!

 そして、ごはん。石川・富山は米どころ。銘柄などは聞かなかったが、甘さの強い牛鍋を受け止めるごはんはやはり甘い。かたすぎずやわらかすぎずな炊き加減で、うれしいことにお櫃で出てくる。いちいちお代わりをお願いしなくていいし、お櫃の中で残りのごはんが蒸らされながら待機していると思うと幸せだ。

この牛鍋とお櫃ごはんを食べて〆て2,000円。ちょっと安すぎやしないか?

 この牛鍋とごはんの組み合わせはほんとに素敵。「通は食べ進んだら鍋にごはんを入れる」という逸話も聞いたが、ごはん汚したくない派なので「へー」と受け流し、肉の方にごはんへ移動していただいた。

 ひと口ひと口、ごはんとお肉のバランスだけを考える数十分。とても幸せ。アテンドしてくれた方と「牛鍋ってもしかして、食べ物というより飲み物?」と語り合う。中サイズは多すぎる説は少し合っていて、見た目は少なそうだけれど、結構食べではあった。

 ちなみに、こちらではお持ち帰り牛鍋もあり、1,000円以下でこのおいしい飲み物を家に持って帰れるという。しかし、あまりにも好きすぎるので、逆にうちの近くになくてよかったかもしれない。

 個人的な話だが、私は曽祖父の代まで金沢にいた。ひいおじいちゃんやひいひいおじいちゃんも牛鍋食べたかなぁ、と思うと、そういう意味でも味わい深い。

犀与亭
所在地 石川県白山市辰巳町69
電話番号 076-276-0010
[2015年12月末来訪]

北條芽以(ほうじょう めい)
神奈川県鎌倉市生まれ。情報誌編集者を経てフリーライター、料理本の編纂を行う。好きなのは炭水化物(特にごはん)とお肉の組み合わせ。お酒はあまり飲めない。「左手にごはん茶碗を!」

Column

北條芽以のLOVEレストラン

美味なるLOVEなひと皿を求めてレストランに通う日々。
著者が偏愛する、この季節、このお店のLOVEはいったい何? あなたの次のレストラン選びに参考になること間違いなし!

2016.01.13(水)
文・撮影=北條芽以