傷ついた女性の苦しみと、未来を生きる力

今月のオススメ本
(1) 『悲しみのイレーヌ』 ピエール・ルメートル

パリ警視庁のカミーユ・ヴェルーヴェン警部は、異様な手口の猟奇殺人事件をつなぐ恐るべき共通点を見つけたが、さらなる悲劇が彼を襲う。カミーユと妻とのロマンスの結末も。
ピエール・ルメートル 著、橘 明美 訳 文春文庫 860円
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(2) 『天国でまた会おう(上・下)』 ピエール・ルメートル

瀕死の重傷から生還した元兵士のアルベールとエドゥアール。戦後の社会は彼らを不当に扱う。生き延びるため、ふたりは慰霊碑詐欺を思いつく。
ピエール・ルメートル 著、平岡 敦 訳 ハヤカワ文庫 各740円
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 北欧ミステリーやドイツ語圏ミステリーの人気に押され、すっかり影が薄かったフランスミステリー。突如その起死回生を担ったのが、2014年の日本のミステリーランキング1位を総なめした『その女アレックス』だった。

 その主人公カミーユ・ヴェルーヴェン警部と個性派の警察関係者が活躍する『悲しみのイレーヌ』は、ピエール・ルメートルさんのデビュー作でもあり、シリーズの出発点となる第1作でもある。第2作の『~アレックス』でファンが気になっていただろう、カミーユに降りかかった悲劇も、ついに知ることができる。

「3部作として書いたシリーズです。各作品の中に、それぞれのヒロインの運命が描かれるのですが、その女性と関わることになるひとりの男性、つまりカミーユがどう変わっていくかという物語でもあるのです」

 本シリーズでは、女性が必ず極限状況に置かれる。たくさんの血が流れ、悪意が暴走し、重い読後感が残るのだが、同時に、女性たちの生き方に熱いものがこみ上げてくる。

「確かに私はこのシリーズで、女性の苦悩ばかりを書き続けていますね。だって……幸せな女性って見たことがありますか? まあ半分は冗談としても、私には、現実でも女性は、男性からのさまざまな暴力に傷つきながら生きているように感じるんですね。最近、“レジリアンス”という言葉をよく聞くようになりました。苦痛に満ちたライフイベントを経験してもなお、未来を考える生きる力がある。そういう女性に対して、私は苦しみを共有したくなります。でも、傷ついた女性を慰めたいというのは、ヨーロッパの伝統的な、いまどき流行らないマッチョな考え方なんでしょうか(笑)?」

 ほぼ同時期に邦訳が出た『天国でまた会おう』では、第一次世界大戦後の元兵士たち、つまり男性のサバイバルが描かれるのだが、戦争の不条理を間接的に表すのは、女性たちの存在だ。そこには、ルメートルさんが作家としてこだわり続けている問題が見え隠れする。

「『天国~』のふたりの主人公は詐欺を働きますが、動機となる理由はあるわけです。また、『~アレックス』のときも、カミーユ自身はアレックスの来歴に気づき、どうやって法を執行すべきか、アンビバレントな気持ちに陥りました。罪はどう償われるべきか、単純に解決できない問題を問いかけていくのが作家の仕事だと思っているのです」

 脱稿したばかりの次回作は、小さい子どもが殺人を犯してしまう物語だという。またもモラルを揺さぶられそうで、邦訳が待ち遠しい!

ピエール・ルメートル(ぴえーる・るめーとる)
1951年パリ生まれ。在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本の招聘によりイベント「読書の秋2015」に参加するため来日。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2016.01.04(月)
文=三浦天紗子

CREA 2016年1月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

冬にしたいふだんのこと、と映画

CREA 2016年1月号

冬にしたいふだんのこと、と映画

定価780円