素晴らしい瞬間に出会うために必要なのは……

 本当に素晴らしい瞬間に出会うには「情熱と根性」が必要であると私はいつも申しております。おん祭の場合は、夜中であるということを乗り越える準備と、長時間寒さに耐える情熱と根性です(おだやかな気温の年もありますが、昨年の2014年は経験したことのないような寒波で、猿沢の池も凍るほどでした)。

 もちろん情熱も根性も時間もなくても、どの部分も素晴らしい感動があるのがおん祭ですのでご安心ください。

◆ 遷幸(せんこう)の儀

 若宮さまがお旅所に向かわれる儀式です。12月17日午前0時。こんな夜中に神社まで見に行く人などいるのでしょうか……と思ったら大間違い。本殿に近い二之鳥居あたりの真っ暗な参道には人がひしめき合い、若宮さまがお出ましになるのを待ち構えています。神様は一体どのように移動されるのでしょう? 後ほど、若宮さまが本殿にお戻りになる還幸(かんこう)の儀で詳しくご紹介したいと思います。この行列がおん祭で一番神威を感じることができる感動的な場面であると、私は思います。

◆ 暁祭

巫女の化粧(文花画)。

 さて、若宮さまがお旅所に到着されました。お旅所にはこの日のために行宮(あんぐう)と呼ばれる御仮殿が建てられています。樹皮の付いたままの柱、階段はすべて松の木で、松葉で葺かれた屋根。なんとも神さびた風情があります。

 その前には芝舞台があり、立派な美しい鼉太鼓(だだいこ)が左右に据えられています。

 深夜1時の暁祭。満天の星の下、神楽が舞われます。

 春日大社では巫女のことを「みかんこ」と呼びます。おん祭では顔を縁取るように白粉を塗り、下唇だけに紅を差す独特の化粧をします。

 耳の横にはふっくらと鬢(びん)をつくって髪を結い、襟を大きく抜く様は、神聖な中にも妖艶さを持ち合わせています。

◆ お渡り式

 こちらは、祭礼に加わる人々や芸能集団の方が若宮さまに社参するものです。馬約50頭、千余人に及ぶ大行列が正午に県庁前を出発。南大門交名の儀、松の下式(一之鳥居)を経てお旅所を目指します。

 日使(ひのつかい)、神子(みこ)、細男・相撲(せいのお・すもう)、猿楽(さるがく)、田楽(でんがく)、馬長児(ばちょうのちご)、競馬(けいば)、流鏑馬(やぶさめ)、将馬(いさせうま)、野太刀(のだち)、大和士(やまとざむらい)、大名行列(だいみょうぎょうれつ)の順番で進みます。

お渡り式 馬長児(文花画)。

 なかでも私が好きなのは馬長児という騎馬の麗しい稚児です。山鳥の尾を立てた「ひで笠」をかぶり、背中には牡丹の造花を背負います。

 馬長児が従える被者は腰に木履(下駄のこと)を吊るし、五色の短冊を付けた笹竹を持ちます。その短冊には「見る恋」「逢ふ恋」「忍ぶ恋」と書かれ、なんともロマンチックです。他に「和泉」。これは恋多き女流歌人の和泉式部のことでしょう。そして「鹿」。鹿はなんでしょう? うーん……あなたシカいません、ということではないでしょうか!?

 お渡り式の見どころは、13時からの「松の下式」です。一之鳥居をくぐると影向(ようごう)の松があり、その前で2人の頭屋児(とうやのちご)が行列を見守ります。

 影向の松には春日の神が降臨されるとされ、その前で次々と芸能が奉納されます。

 奉納される芸や意匠を凝らした装束の魅力は、あまりに盛りだくさんでここでは語りつくせないので、公式パンフレットを手に入れることをお勧めします。

 また、おん祭保存会に入会すると(入会金3,000円~)、拝観場所に優先的に入ることができます。これはお旅所前のテントと一之鳥居前で申し込めます。

 また、お旅所そばの奈良国立博物館では「おん祭と春日信仰の美術」展が12月17日のみ無料公開されており、これも見逃せません。

2015.11.28(土)
文・撮影=中田文花