依頼主はユダヤ系実業家フリッツ・トゥーゲントハット氏

 この邸宅の設計を依頼したのはフリッツ・トゥーゲントハットとその妻のグレテ。チェコのモラヴィア地方(ブルノ市近郊)で実業家として財を築いていたグレテの一家は、大変裕福なユダヤの家系で、すでにブルノ市近郊に広大な土地を所有していました。

 グレテは最初の結婚に失敗し、離婚後やはりブルノ市で実業家だったユダヤの家系出身のフリッツ・トゥーゲントハットと出会い、2度目の結婚をします。

 彼女は元々建築に大変興味があり、ミースの建築の大ファンでした。2人の新居を建設するにあたり、憧れの建築家であったミースに邸宅の設計を依頼します。

左:フリッツ・トゥーゲントハット。
右:グレテ・トゥーゲントハット。

 1928年にブルノに到着したミースは新しい邸宅建築のために用意されていた広大な土地と、ブルノ市が一望できる素晴らしい立地、そして当時のブルノの建築のレベルの高さに驚きます。依頼者の求めるシンプルかつ機能的な邸宅の構想とミースの建築に対する熱い思いがぴったりと重なり、1929年から本格的に邸宅の設計・建築が始まります。14カ月かけて1930年の12月にはトゥーゲントハット邸が完成に至りました。

 完成した邸宅にはフリッツ・トゥーゲントハットと妻のグレテ、グレテの前夫との間の子供ハナと、2人の子供エルンストとヘルベルトが家族で生活しました。幸せな生活もつかの間、1938年にチェコスロヴァキアはドイツの統治下に置かれ、トゥーゲントハット家のようなユダヤ人は国内に居られなくなります。彼らはスイスへ移住し、その後ベネズエラへと移住しました。

 不条理なことですが、トゥーゲントハット家とミースの夢の邸宅が使用された期間は、わずか8年足らずでした。その後、邸宅はドイツ軍に占領され、大戦後の社会主義時代は国有化。建物内も随分と荒らされてしまいましたが、2001年に世界文化遺産の仲間入りを果たしました。2010~2012年にかけて美しく修繕され、現在は一般公開中です。

 是非チェコで見ておきたい近代建築のひとつです。

Vila Tugendhat(トゥーゲントハット邸)
所在地 Černopolní 45,613 00 Brno ,Czech Republic
電話番号 +420-515-511-015
開館日 火~日曜 10:00~18:00
URL http://www.tugendhat.eu/
※毎時発(10:00~17:00)のガイドツアーでのみ内部観覧可能。要予約。

クレメントゆみ子(くれめんと・ゆみこ)
2005年からチェコ共和国プラハ在住のコーディネーター・フリーライター・現地ガイド。日本からの各種メディアの取材・撮影コーディネートからWEBへの執筆、現地日本語ガイドまで幅広く活動する。チェコ・プラハの現地情報を発信するブログ:新チェコ生活日記2 http://prahalife2.exblog.jp/
現地で運営するエージェントのウェブサイト http://www.czechtraveland.com/

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文=クレメントゆみ子