その声を聞いたからには、伝えたいと思ったんです。

今月のオススメ本
『南洋と私』 寺尾紗穂

初めてサイパン島に足を踏み入れたのは2004年の夏。それからおよそ10年間、かつて南洋で暮らしていた人々に直接会ってその声を記録した長篇ノンフィクション。前著『原発労働者』でも発揮されていた「聞き書き」の手法が全面展開されている。注釈も充実。
寺尾紗穂 リトルモア 1,800円
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 あなたは「南洋群島」を知っていますか? この一語には、先の大戦で日本の統治下にあった南方の島々、という意味がある。そのことを知った寺尾紗穂は、かの地へ足を運び、当時を知る人々から話を聞こうと決めた。10年以上前のことだ。『南洋と私』はその第一歩から始まる、長い旅路の記録だ。

「大学で中国史を学んでいたこともあり、植民地の問題、満州国の問題は以前から興味がありました。でも、南洋という言葉自体、それまで聞いたこともなかった。何も知らなかったことがショックで、これは実際に行ってみるしかないな、と。意外と私、無鉄砲なんです(笑)」

 最初に訪れたのは、かつて「南洋の東京」と呼ばれていた街ガラパンのあるサイパン島だ。地元の大学の図書館へ行ってアドバイスをもらい、足を使って出会いを引き寄せた。

「日本語として読みづらいところもあるかもしれないけど、現地で暮らす年輩の方々から聞いた言葉を、できるだけそのまま記録するよう意識しました」

 寺尾紗穂は、アルバムを7枚リリースしているミュージシャンでもある。そんな彼女にしか引き出せなかった言葉が、この本にはたくさん詰まっている。

「お話を伺う時、“覚えている日本の歌はありますか?”という質問をするようにしていました。当時のサイパンで歌われていた日本の歌は軍国主義的で、差別的だったりする。その歌詞を知ることから、時代を摑むことができる。歌をきっかけに、歌と一緒にしまってあった記憶がどんどん出てきたりするんですよ」

 帰国後は所沢、八丈島、沖縄へと取材で移動を重ねた。その過程で、サイパンにあった「南洋寺」の住職・青柳貫孝の人生が、徐々にクローズアップされていく。証言者たちの言葉が、今は亡き、知られざる偉人の姿を描き出すことになる。

「声は、そのままにしておくと消えてしまいます。自分が記録しなければ誰にも届かない声を、聞いたからには、伝えたいと思ったんです」

 旅を始めた頃は大学院生だった彼女も、今や3児の母だ。その時間の流れの中で、既に亡くなってしまった証言者もいる。終戦から70年が経った。あなたが「声」を聞きたいと思うならば、チャンスは今だ。

「この本が、祖父母や親類に戦争の話を聞いてみようかな、と思うきっかけになったなら嬉しいです。そこで聞いた言葉を是非、周りに伝えてみてほしいですね」

寺尾紗穂(てらおさほ)
シンガーソングライター。1981年生まれ、東京都出身。2007年、ピアノ弾き語りによるメジャーデビューアルバム『御身』が話題に。最新アルバムは『楕円の夢』。執筆の分野でも活躍中。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2015.10.04(日)
文=吉田大助

CREA 2015年10月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

きれいになる週末

CREA 2015年10月号

秋だからはじめる
きれいになる週末

定価780円