フェラーリで駆け抜ける 尾道から鞆の浦への旅

フェラーリで駆け抜ける 尾道から鞆の浦への旅

瀬戸内の静かな港町・鞆の浦で
ふっくらと炊かれた鯛めしに舌鼓

 日本で最も古い国立公園のひとつが、瀬戸内海だ。最も広い国立公園も、やはり瀬戸内海。広域にわたって美しい景観が広がるこの地をフェラーリ・カリフォルニアTで駆け抜けた。

» 第1回 様々な名画の舞台となった街・尾道
» 第3回 瀬戸内海の絶景を臨めるおすすめ宿

栄華の名残をとどめる、いまは静かな港町

江戸時代の商家の佇まいを色濃く残す太田家住宅。保命酒の醸造販売権を独占して財をなした。シーボルトも著書で鞆の浦を取り上げ、「活気のある町」と記したという。

 鞆の浦が古くから海上交通の要所として栄えたのには理由がある。瀬戸内海は、満潮と干潮で潮流が逆転することで知られる。その境目が、瀬戸内海のほぼ中央にあたる鞆の浦沖なのだ。潮流と風を頼りに航海した時代は、鞆の浦で潮の流れが変わるのを待つ必要があった。それゆえ、潮待ちの港として賑わった。

県道251号(通称福山グリーンライン)から鞆の浦を望む。
1859年に建造された鞆の浦のシンボル、常夜燈。地元の人は灯籠塔とも呼ぶ。海上安全を支える灯りには、ニシン油が用いられた。

 江戸時代に交易で成功した豪商たちが闊歩したであろう辺りに、フェラーリで足を踏み入れる。その立地ゆえ、鞆の浦を舞台にした歴史的な出来事も多い。例えば紀州藩船と衝突した海援隊のいろは丸は、鞆の浦に曳航される途中で沈没した。鞆の浦に上陸した坂本龍馬は、ここで紀州藩と談判した。

 豪奢な生活と、ドラマティックな歴史。なんの接点もなさそうな鞆の浦とフェラーリであるけれど、この2点において両者が結びついた。

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2015.07.08(水)

撮影=柏田芳敬
文=サトータケシ

※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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