新作があれこれ集結。山口晃の“今”がわかる作品集

今月のオススメ本
『山口晃 前に下がる 下を仰ぐ』 山口 晃

編集段階でできあがっていたものを全点収めた完全版図録。ひねりの利いた表題の意味は、過去に対峙しつつ見えない未来(前)へと後ずさりして進んでいく(=前に下がる)、天蓋を踏んだ自分の足元を立ち位置ごと眺めている(=下を仰ぐ)というイメージだそう。
山口 晃 青幻舎 2,200円
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 強迫観念的な細密描写にまぶしてあるのは洒脱なユーモアのフレーバー。そんなとらえどころのなさが、見る者を釘付けにする山口晃さんの作品の魅力だ。『山口晃 前に下がる 下を仰ぐ』は、先の水戸芸術館現代ギャラリーでの展覧会で、自身が仕掛けた動線の面白さを疑似体験できるユニークな作品集。

 本書では本人がガイド役として登場し、展覧会会場でのアトラクション感そのままに、まず、大作が展示されている第1室へ案内してくれる。そこから第3室の〈忘れじの電柱 イン 水戸〉というインスタレーションなどを眺めつつ、ずずっと連なった部屋を通って、一気に第5室へ。そこで目にするのは〈紙ツイッター〉や〈デイリードローイング(食日記)〉など、エッセー漫画『すゞしろ日記』ファンにはたまらない、プライベートを垣間見る作品群だ。

「『あ、この人また間に合っていない!』と初手から思われてしまうのもなんなので(笑)、第1室では彩色でおめかししたものを多く展示しました。絵に近づくと、人はすぐに、何がどういう意図で描かれているのかなど意味づけの方に気を取られてしまいます。そうではなくて、色がきれいだわ、空間が不思議、とまずはそういう構造的な部分を眺めていただき、僕の個人的な様子がわかった後で、初めの部屋に戻って近い距離で見ていただく。すると時間を隔てた複眼的な目が生まれ、絵に対するリテラシーが変わってもっと楽しめるのではと思ったんですね」

 今回の展覧会のための新作も、印象的な作品揃い。たとえば、人が朽ちていかない〈九相圖〉は、「2003年の『九相圖』と対比させています。今年のは、自己が肥大化した近代以降、特に現代では何が死に当たるのかを考えてみました」

 山口さんの故郷、桐生市を描いた〈ショッピングモール〉も圧巻。山口さんといえば、展覧会に並べた絵にさえ描き足していく“描き終わらない”作風でも知られるが、本作も美術館に泊まり込みつつ公開制作。

 ちなみに、山口さんが「これで完成」と思うのはどんなときなのか。

「いろいろですね。単純に塗りあがった時もあれば、まれに気が済むまで描けた時もあり、一番多いのは時間切れですかね。もちろん、のばしにのばしてもらった上での時間切れですが。で、一つの作品が新たな課題を生んだり、通底してずっと掲げられた課題なんかもあったりで、なかなかすぱっと『完成!』といえません」

山口 晃(やまぐちあきら)
画家。1969年東京都生まれ、群馬県桐生市に育つ。2001年第4回岡本太郎記念現代芸術大賞優秀賞受賞。時空が混在し、古今東西様々な事象や風俗が描き込まれた都市鳥瞰図・合戦図などが代表作。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2015.06.29(月)
文=三浦天紗子

CREA 2015年7月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

いつ行ってもいいね、ハワイ

CREA 2015年7月号

遊んで食べて、リラックス
いつ行ってもいいね、ハワイ

定価780円