【KEY WORD:MERS】

 韓国で「MERS」という感染症が拡大し、パニックになっています。マーズと発音します。MERSのMEはミドルイースト、つまり中東のことで、サウジアラビアやカタール、ヨルダン、チュニジアといった地域で感染者が増えているからこう呼ばれているんですね。ヒトコブラクダが感染源のひとつと見られているとか。

 日本語では「中東呼吸器症候群」。感染するとのどの痛みや発熱、下痢、嘔吐などの症状が出ます。ここから肺炎を引き起こし、死に至ることもあります。致死率は4割程度と高く、かなり恐ろしい病気です。MERSの治療方法やワクチンなどは見つかっておらず、今のところは対症療法ぐらいしかありません。

 人と人が接触した場合だけでなく、つばやせきなどの飛沫でも感染します。潜伏期間は9~12日とかなり長いようです。この潜伏期間の長さが、空港などでも水際での侵入防止を難しくさせています。たとえば中東などでMERSに感染した人が、症状が出ないまま成田空港に到着し、熱もなにもないので検疫所はふつうに通過し、関東のどこかの地方都市にある自宅に着いてから発症ということがじゅうぶんにあり得ます。

 その場合にすぐに総合病院などMERSに対応可能な医療機関で診てもらえばいいのですが、近所の小さなクリニックにかかったとしたらどうでしょう。もし医師にMERSの知識がなければ、そのまま風邪や肺炎などとして診断されてしまい、気づかないうちに感染が広がる危険性があります。

 これが起きたのが、まさに韓国でした。感染源となったのは、バーレーンで農機具の販売会社を経営している韓国人男性。サウジアラビアなどにも滞在した後に帰国したのですが、発症してからも「バーレーンにいた」としか医療機関に伝えなかったため、病院側がMERSと気づくのが遅れました。この間、男性は4か所の病院で受診し、大部屋の病室に入院し、これによって感染者を次々に増やしていってしまったようです。

水際作戦以外の対策が必要

 これは対岸の火事ではありません。日本でも同じようなことが起きる可能性はじゅうぶんにあると言えるでしょう。LCC(格安航空会社)が普及し、人々がグローバルに移動するようになった時代には、世界のどこで発生した感染症もあっという間に拡散するようになります。

 船でゆっくり移動していた時代のなごりでしかないような「水際作戦」に頼るのではなく、国内のどこの病院でも感染症が発見される可能性を考慮した新しい防疫体制が求められています。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2015.06.12(金)
文=佐々木俊尚