佐々木俊尚のニュース解体新書

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テレビ番組を審査する「BPO」
その誕生の背景とは?

【KEY WORD:BPO】

 NHKの報道番組「クローズアップ現代」で取りあげられた「出家詐欺」の特集で、「やらせ」があったとして問題になっています。BPO(放送倫理・番組向上機構)が審理に入るということが報じられました。

 テレビの世界ではこの「BPO」ということばは特別な響きをもって語られています。正式名称の放送倫理・番組向上機構はなんだか堅苦しい名称ですが、やっていることはシンプル。放送されたテレビ番組に苦情があったり、「倫理的におかしいのではないか」という問題が起きたりしたとき、番組を作った人や苦情を申し立てた人にヒアリングするのが仕事なのです。

 ヒアリングした結果、「これは苦情を言っている人の申し立てが正当だ」「これはやはり倫理的におかしい」ということになると、BPOはテレビ局に対しての「勧告」などを公表することができます。勧告されたテレビ局は、再発防止策や報告書などを提出しなければなりません。

国がつくった機関ではない

 BPOは国の機関ではなく、あくまでもテレビ局が集まってつくった組織です。この背景には、テレビの影響力が新聞や雑誌などよりもずっと大きくなっていった20世紀後半のメディアの歴史があります。影響力は大きくなったけれども、いっぽうでテレビには問題もたくさんありました。人権侵害だったり、取材のやり方がひどかったり、事件などで一方の当事者の主張だけがクローズアップされるようなケースが多発するようになったんですね。

 新聞や雑誌がどちらかといえばひとつに統率された社内の編集チームで記事を作成しているのに対し、テレビでは外部の制作会社が実質的に番組を作っているケースが多いということや、報道番組だけでなくワイドショーやバラエティなど、「報道の倫理」の意識をそれほど気にせず番組制作する傾向があったことなども、その背景にあるのかもしれません。

 とはいえワイドショーやバラエティが「しょせんはエンタテインメントであり、世論に影響を与えるような存在ではない」と人々が認識しているのであれば、多少の逸脱も許容されるでしょう。1980年代ぐらいまでのテレビは、そういう存在だったと言えます。じゃんけんをして負けるとタレントが服を脱いでいく「野球拳」や、深夜番組のストリップショーなんていうかなりエロな番組がふつうに放送されていたのも、「しょせんテレビはそんなもの」という共通認識があったからです。

 つまり民主主義のいしずえとなる公共圏とテレビの空間は別のものだと考えられていたということなのだと思います。しかし1970年代以降、それまで公共圏を担っていた「論壇」的なものが徐々に衰退し、世論の中心にあった新聞のパワーもだんだんと衰え、テレビの世論への影響は次第に強まっていきました。そして90年代に入ると、それまでは芸能ゴシップなどを中心に報じていたワイドショーが、選挙や政局などの政治報道にも積極的にとりくむようになります。

 90年代というのは自民党の一党支配が崩れ、細川内閣という連立政権が誕生したり、山一證券の破綻を始めとする金融危機があり、阪神大震災やオウム真理教事件もあり、派手な「劇場」的なできごとがたくさんあった10年でした。そういう社会状況に合わせるように、テレビが世論の中心装置になっていったのです。BPOという組織がこの時代に設立されたのは、そういう背景事情を抜きにしては語れません。

 BPOは、テレビが民主主義の基盤となっていく過程でのひとつの自浄作用として生まれてきたものだといえるでしょう。これによって番組のコンプライアンス(順法精神)が高まったのは間違いありません。テレビマンも野放図に番組を作ることはしにくくなり、つねにBPOの審査を気にしながら番組制作しなければならなくなったからです。

「ゼロリスク」という倫理が生んだジレンマ

 しかしいっぽうで、BPOを気にするあまりに、過激な演出がしにくくなり、面白い番組作りが難しくなったという問題も浮上しています。これも90年代以降に急速に台頭してきた「ゼロリスク」的な考え方に煽られ、「絶対に過剰演出は認めない」「絶対に人権侵害は認めない」という過度な倫理にBPOが引きずられていったという点も否定できないでしょう。

 この結果、テレビは民主主義の基盤として公共化していくのと同時に、それがゆえにつまらなくなって離反を招いて視聴率が低下し、人々が見なくなっていくというジレンマに落ち込んでいっているように見えます。

 テレビの公共化と、面白さ過激さというトレードオフ。今後もテレビは民主主義の基盤として持続していくのか。それとも再び黎明期のような過激さを取り戻していくことができるのか。大きな岐路に立たされていると言えるでしょう。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

2015.05.29(金)

文=佐々木俊尚

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