時代も作者も違う作品を集めた謎の「絵巻セット」

国宝「鳥獣人物戯画 甲巻」(部分) 平安時代・12世紀 京都・高山寺蔵(5/19~6/7展示場面)

 何かとハードルの高そうな日本美術の中でも、《鳥獣人物戯画》は群を抜いて広く一般に親しまれている作品だろう。カエルとウサギが相撲をとり、サルが袈裟を着込んで法要を催している。日本美術の中からモチーフを抜き出した「グッズ」は数あれど、デザインとしてサマになるのは、なんといっても《鳥獣人物戯画》をおいて他にあるまい。類を見ないその魅力は、テキストによる説明や物語が一切ないにもかかわらず、時代を超えて観る者の心を浮き立たせずにはおかない、この絵巻の本質とも深く関わっているはずだ。

 《鳥獣人物戯画》と呼ばれる作品は、実は甲・乙・丙・丁の4巻の絵巻からなる。紹介記事のほとんどが、甲巻に描かれた絵を引用するので、展覧会場を訪れた観客は、4巻それぞれのスタイルや内容がバラバラで、同じ時代、同じ筆者の下で、一群の作品として制作されたものでは「ない」ことに、会場で実物に接して初めて気づくことも多いようだ。

 4巻のうち、甲巻・乙巻が制作されたのは、恐らく平安時代末期の12世紀後半。従来は同一の筆者とされてきたが、近年では甲巻の途中で筆者が替わっているという説もある。もっとも有名なこの甲巻に登場するのが、ウサギ、カエル、サルなど11種類の動物たちだ。一貫したストーリーがあるのかないのか、それすらもわからないが、動物たちが人間さながらに遊んだり、競い合ったりする様子を伸びやかに描いたファンタジックな世界は、私たちの心をたやすくその内側に引き込んでしまう。乙巻では擬人化をせず、まるで動物図鑑のように15種類の動物たちを、あくまで動物として描いている。

展示を前に4年以上にわたって修復や調査を行った結果、前半と後半で絵が描かれている紙の種類が異なっていること、前半が人物戯画、後半が動物戯画と、途中で内容が唐突に変わる点が謎とされてきた丙巻についても、紙の片面に人物戯画、もう片面に動物戯画が描かれていた両面描きであったことなどが判明しており、謎に包まれた絵巻にも、少しずつ光が当たり始めている。国宝「鳥獣人物戯画 乙巻」(部分) 平安時代・12世紀 京都・高山寺蔵(5/19~6/7展示場面)

 そして丙巻になると、なんと人間が登場。彼らも囲碁や双六、互いの首に細い布をかけて引き合う「首引き」など、滑稽な遊びに興じ、画面には俗な笑いが溢れている。後半は一転、甲巻と同じく擬人化された動物たちが遊びを繰り広げるのだが、ウサギの出番は少なく、主役はサルとカエル。ただしこちらの制作年代は1200年前後まで下るようだ。そして鎌倉時代に入ってからの制作と考えられる丁巻では、画風がガラリと一変し、登場するのは人間のみ。ラフで即興的な筆線で、曲芸や鞠打、流鏑馬や田楽、法会など、滑稽な場面とシリアスな場面が交互に描かれていく。いずれにしても、各巻が互いにまったく無関係とは言えず、かといって最初から一連のシリーズとして構想されたわけでもない謎の絵巻が、どのような意図の下に作られたのか。漫然と見るのではなく、会場で自分なりに謎解きを試みてみるのも、一興ではないだろうか。

特別展『鳥獣戯画  ―京都 高山寺の至宝―』
会場 東京国立博物館 平成館(東京・上野公園)
会期 2015年4月28日(火)~6月7日(日)
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
URL http://chojugiga2015.jp/

2015.05.16(土)
文=橋本麻里