絵を描くという営みを通じて世界と向き合う

The Image as Burden 1993 (C) Marlene Dumas

 マルレーネ・デュマスの個展がロンドンのテート・モダンで開催中だ。デュマスは1953年ケープタウン生まれ。南アフリカとオランダで美術を学び、現在はアムステルダムを拠点に活動する女性画家だ。作品の多くはマスメディアで流通する写真や映像を素材とする人物画で、人種、セクシュアリティ、死、暴力といった現代社会が避けて通ることのできないテーマへの言及が特色となっている。第二次世界大戦後生まれの世代としては、世界的に最も注目されているアーティストのひとりだ。

 今回の展覧会には、1970年代から現在までの油彩、ドローイング、コラージュなど代表作100点あまりが出品されている。黒と鮮やかな色彩を効果的に使った画面は、見る者を心理的に揺さぶる強さを秘めている。単に人物を描いただけのようにも見えるが、イメージの背後には複雑な操作と現代的なテーマが隠されている。

Evil is Banal 1984 (C) Marlene Dumas

 例えば展覧会のタイトルにもなっている「The Image as Burden 」(重荷としてのイメージ)という作品には、ふたりの人物が描かれている。イメージソースはグレタ・ガルボ主演のハリウッド映画『椿姫』(1936)のスチル写真で、死につつあるヒロインをその恋人が抱きかかえるというメロドラマのワンシーンだ。デュマスはそれを性別や人種も定かではない人物像に置き換えている。そこにあるのは、死を美しくイメージ化するような文化(ハリウッド映画)への強い違和感なのだ。

 またアパルトヘイト時代の南アフリカで育った彼女にとって人種・民族問題は身近なテーマであり、黒人男性の顔を描いた『ブラック・ドローイング』の連作は代表作のひとつだ。また2010年にはイスラエルとパレスチナを隔てる「壁」をテーマにした連作を制作している。

Helena’s Dream 2008 (C) Marlene Dumas

 デュマスは自らの手で絵を描くという営みを通じて今の世界と向き合おうとする。そこから生まれるアートは時として暴力や死の影を帯びる。絵画という古くからのメディアが写真や映像と同じように、時代のリアルさを表現し、人々の感情に訴える力があることを彼女の作品は教えてくれている。

Installation view Rejects, 1994-ongoing, Photo:Tate

「マルレーネ・デュマス 重荷としてのイメージ」
会期 2015年2月5日(木)~5月10日(日)
会場 テート・モダン(ロンドン)
URL http://www.tate.org.uk/visit/tate-modern

鈴木布美子 (すずき ふみこ)
ジャーナリスト。80年代後半から映画批評、インタビューを数多く手掛ける。近年は主に現代アートや建築の分野で活動している。

Column

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2015.02.19(木)
文=鈴木布美子