喫煙室での監督との雑談から生まれた『自由が丘で』

海雲台ビーチでの『自由が丘で』キャストによる舞台挨拶。左からキム・ウィソン、ムン・ソリ、加瀬亮。

 ここ数年、日本人俳優の海外進出が顕著だが、2014年10月に行われた釜山国際映画祭では、加瀬亮が主演したホン・サンス監督の『自由が丘で』や、三浦春馬が中国のリウ・シーシー、台湾のジョセフ・チャンと共演した『真夜中の五分前』をはじめ、アジアをまたぐ作品が特に目立った。まさしくアジア映画のハブを自認する釜山ならでは。

 『自由が丘で』は、2012年にホン・サンスが加瀬亮と対談をした際に意気投合したことから生まれた映画で、2013年の夏にソウルで撮影された。相手役は、今年の開幕式の司会を渡辺謙と共に務めたムン・ソリで、他にもホン・サンス作品の常連俳優たちが出演している。映画は、かつての同僚だった年上女性にプロポーズしようとソウルにやってきた加瀬亮が、行き違いで彼女に会えず、カフェ・自由が丘のオーナーで男運の悪い女性ムン・ソリといい仲になってしまい……、というストーリー。

ムン・ソリは、加瀬亮とのラブシーンについて「加瀬さんが細すぎてかわいそうになってしまった」とのこと。

 加瀬亮が上映後に登場すると若い女性たちから大歓声があがった。

 質疑応答では、「喫煙所で話しているときに、一緒に映画をやってみないかと声をかけていただきました」と、ホン・サンスとの出会いを語り、「こんなに演じていて楽しかったことはないです」と改めて監督への感謝を述べていた。

 ムン・ソリも出演した『ハハハ』などホン・サンス映画では、酒を飲みながら会話をするシーンがとても多く、『自由が丘で』も例外ではない。焼酎、ワイン、ビールと様々な酒を飲んでは酔って、言いたいことをぶちまける。

 「今までもお酒を飲むシーンでは実際に飲んでいましたが、今回は本当に酔っぱらってしまって。寝起きのシーンも、お酒がまわって部屋で寝ていたところ、監督に『ソリ、ちょっと出ておいで』と呼ばれて部屋から出てきたところを撮られていたんですよ」(ムン・ソリ)、「僕が酔っぱらって、支えられて歩く場面も、本当に歩けなくなってしまってるんです」(加瀬亮)と、撮影の裏側を明かした。飲みながら話しているだけのように見えて、そこにあるゆらめきを捉えているから、ホン・サンスの映画は面白いのだ。

上映後のQ&A。文字通りスポットライトを嫌って、隅っこにいたホン・サンス監督(左から2人目)。その右隣は加瀬亮の相手役ソ・ヨンファ。

 映画監督を目指している学生がアドバイスを求めると、ホン・サンスは「映画に対して純粋でいること。私は映画を撮ること、それ自体が好きで楽しんでいるので、そこから何かを得ようと思っていない」と語った。カンヌで賞を取ろうが、何も変わらないホン・サンスらしい言葉だった。

 ちなみにムン・ソリはこの日、『ヴィーナス・トーク』という別作品の舞台挨拶と掛け持ち。そちらではイケイケのセレブ主婦を演じていたため、やや派手めなスーツでの登壇となり、「この映画にそぐわなくてごめんなさい」としきりに気にしていたのも、飾らない彼女らしかった。

2015.01.18(日)
文・撮影=石津文子