【KEY WORD:イスラム国】

 アメリカ人のジャーナリストらが、「イスラム国」に相次いで殺害されています。現地にわたっていた日本人の男性も拉致されており、安否が気づかわれています。この「イスラム国」って何でしょうか。なぜシリアとイラクにまたがった地域に、そういう国家のような名前の存在があるのでしょうか。

 シリアがこんな状態になったもともとの原因は、「アラブの春」です。エジプトやチュニジアやリビアで民主化運動が起きて、独裁政権が倒れました。その波がシリアにもやってきて、アサド大統領への抗議が高まっています。アサド大統領は政治改革で対応したのですが、同時にデモをきびしく弾圧したため、ますます抗議運動が高まる結果になってしまいました。そうして自由シリア軍という反政府組織がつくられ、内戦に突入していったという背景があるんですね。

 自由シリア軍には、いろんな組織や人も流れ込んできました。そのひとつが、隣のイラクで長く活動していたイスラムの過激な組織「イラク・イスラム国」でした。彼らはシリアにやってきて、自由シリア軍とともにアサド政権と戦うようになったのですが、この「イラク・イスラム国」こそが、いま「イスラム国」と呼ばれるようになった組織です。

「イスラム国」はイラクとシリアにまたがる地域で戦争をしていて、「領土」を広げています。イラクの油田もあり、中東の人々からの支援もあり、お金をたっぷり持っていると言われています。そして今年になってから、組織のリーダーが「自分はカリフであり、イスラムの国家を宣言する」と発表しました。カリフというのは、20世紀のはじめまで存在していたイスラム教世界の最高指導者の肩書きです。「イスラム国」はこの消滅したカリフを復活させて、植民地時代にイラクやシリアやさまざまな国に分断されていたアラブをもう一回統一してしまおうと呼びかけたのです。

残虐で暴力的、だが賛同する若者も

「イスラム国」は残虐で暴力的です。米国人ジャーナリストを殺害しただけでなく、最近もシリアで少数民族の人たちを何百人も殺したとも言われています。

 とはいえ、「イスラム国は悪」と決めつけてしまうのも、一面的な見方かもしれません。「過激派が根拠のないことを宣言しているだけ」という批判が欧米では多いけれど、「近代になってからイスラム諸国はヨーロッパの列強にめちゃめちゃにされてきた。自分たちの世界を作りなおそうという考え方は重要だ」と理解している学者も少なくないからです。そういう考えに賛同して、欧米などの先進国からやってきて自由シリア軍や「イスラム国」に合流する若者も増えているんですね。

 そもそも反政府軍の力がシリアで大きくなったのは、アメリカやヨーロッパ、隣の国のトルコなどが支援した「アラブの春」を進めた独裁的なアサド政権を倒すのが人道的だ、と考えられたからです。その支援で、過激派組織が強化されるというようなことも起きています。むかし、ソ連に侵攻されたアフガニスタンの抵抗組織にアメリカ政府が武器やお金を供給し、それによって過激派組織のアルカイダが力をつけたのと同じ構造ですね。「イスラム国」ももともとはアルカイダの一部だったのです。

 こんなこんがらがった状況の中で、いったい誰が正しくて誰が正しくないのでしょうか? 誰が正義で誰が悪なのでしょうか? わたしたちにただひとつ理解できるのは、そういう混乱した戦いの中で、良きジャーナリストが殺され、罪もない住民たちが殺され、故郷を追われる、という事態が進行しているということだけだと言えるでしょう。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2014.10.03(金)
文=佐々木俊尚