タイアップさえもオモチャのように楽しんでいる

伊藤 でもCDが売れなくなって、アーティストもメディアやタイアップ無しではプロモーションできないので、それらに寄り添う内容の曲作りを余儀無くされてきたんですよね。ただ、イヤイヤなんで“自分を殺してます感”が染み出しちゃっていたんですけど。でも「猟奇的なキスを私にして」を聴くと、彼らはタイアップさえもオモチャのように楽しんでいるように感じる。セカオワのメディアとの付き合い方なんかもそうなんだけど、そのゲーム感覚な雰囲気が音楽新世代という感じがする。その自由奔放さがまた、ゲスの極み乙女。の魅力なんじゃないかな。

山口 確信犯的に作っている印象を持ちました。

伊藤 音楽新世代の存在そのモノや彼らの作品、プロモーションや販促も含め、「自由」と「なんでもあり」の狭間にいる感じなんです。それはシンガーソングライターやバンドやアイドルの垣根も壊し、面白さの中に音楽がゲーム化してしまう“危なっかしさ”も感じられるんです。

山口 どの辺を危なっかしく感じますか?

伊藤 音楽を「作る、感じる、考える」を軽んじてしまう危なっかしさです。今回の曲がそうだということではなく、そういう風潮がみられるということです。アイドルCDの握手券化もひとつの例ですが、CDという商品が音源である必要性が薄まることで、中身(音楽)の重要度も薄まってしまう。どんなに個々の才能あるアーティストやクリエーターが頑張っていても、その風潮というのは楽曲に表れてしまうんです。古くさい言い方になりますが“魂の込もっていない曲”、もっと悪くいえば“どーでもいい曲”が、これからもっと世の中には氾濫していくと感じています。まぁ、そうなればそうなったで、逆のチカラ(音楽を作る、感じる、考えるを重んじる)も働き出すと思うので、才能あるアーティストやクリエーターに“Keep Pushing Hard And Moving Forward”の精神で、良い音楽を作っていってほしいです!

山口 初シングルの紹介でこういう言い方をするのは、語弊があると思うのだけど、今回採り上げるに当たって、シングル3曲を改めて真剣に聴いて、僕が思った印象は、この川谷絵音って人は、音楽シーン、音楽業界に生き残るだろうなと。そういうレベルの才能と、聡明さを感じます。

伊藤 同感です。個人的には今回のシングル、タイアップのついた表題曲よりも、カップリングの「だけど僕は」の方が好きだった。こっちの方が川谷絵音の才能をストレートに感じたし、単純にキャッチーでシングル向きに感じました。かなり大きなお世話なんですけど(笑)。

新宿西口に現れた赤いドレスの女の姿を妄想

山口 アーティストが、成功と呼べるビジネス的な規模は、例えば全国でのホールコンサートを何年も続けられる人気が必要で、そこまでいけるかどうかは、運不運もある。どんなに時代が変わっても「何が売れるかわからない」ことだけは変わらないから。でも、才能のある人が、真摯に音楽にこだわっていけば、必ず道は開けます。

伊藤 おっ、事務所のおやじ視点ですね!

山口 楽曲を聴いたときに、そのアーティストの未来をイメージする癖があるんですよ。作詞アナリストの「妄想分析」に似てますね(笑)。この曲からインスパイアされる「妄想分析」は、どうなりましたか?

伊藤 赤いドレスを着た女は新宿西口にいた。一度は改札に向かって歩いていたが、愛する男に後ろから声を掛けられたように、突如向きを変える。地上に出て足早に大ガードの方へ、そして思い出横丁の道を隔てた斜向かいの雑居ビルの地下に潜っていく。そこは小洒落ているが、どこか陰気な感じのするスペインバル。柱にシャンプーハットのように巻かれたテーブルに陣取った女は、バーカウンターの中にいる男性店員(20代前半でかなりハンサム)に手をあげて合図をすると、ゆっくりとマッチでタバコに火をつける。男性店員が後ろにくるのを感じると女は振り向き、男性店員の足元から頭の天辺まで品定めするように見てから、タバコの煙を口と鼻からだらしなく吐き出しながらクルスカンポを注文。平日24時、もう客は引けて、コソコソ話す一組のカップルだけ。1分もしないうちに男性店員がクルスカンポとグラスを持ってきてグラスに液体を注ごうとすると、女はクルスカンポの瓶を店員から取り上げて、徐にゴクゴク喉を鳴らしながら飲む。そして行動とは裏腹な丁寧な言葉遣いで、グラスはいらないと告げ、クルスカンポのおかわりとハモンセラーノを注文した。店員が少し怖気付いたような表情を浮かべ、バーカウンターに帰っていくと、女はため息をつく。そのため息は、この店の空気をまるごと変えてしまい、階段を上り、西新宿を淀ますほど深い。

山口 新宿西口ですか? おしゃれなポップスでもあるのに、アンダーグラウンドの匂いの方に感化されたようですね。

ゲスの極み乙女。「猟奇的なキスを私にして」
ワーナーミュージック ジャパン 2014年8月6日発売
1,200円(税抜)
■ゲスの極み乙女。は、2012年にindigo la Endのヴォーカルでもある川谷絵音を中心に結成された4人組バンド。川谷以外のメンバーの名前も、休日課長(ベース)、ちゃんMARI(キーボード)、ほな・いこか(ドラムス)と実にユニークだ。
■「猟奇的なキスを私にして」作詞・作曲/川谷絵音
   「だけど僕は」作詞・作曲/川谷絵音
■オフィシャルサイトURL http://gesuotome.com/

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2014.07.30(水)
文=山口哲一、伊藤涼