りんごの村に深く根を張った、夫婦の純愛物語

今月のオススメ本
『千年万年りんごの子 3』田中 相

季節外れのりんごを見つけた雪之丞が、妻の朝日にすり下ろして食べさせた小さな心遣いが、60年封印してきた村の禁忌の扉を開いてしまう。朝日を守るため、運命に抗う道を必死で探る雪之丞だが……。感涙必至の第3巻完結編。
田中 相 講談社 全3巻 各581円
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 りんごの古木“おぼすな様”を神とする村で、禁忌に触れてしまった夫婦。オネリと呼ばれる神との婚礼の日が近づくにつれ、妻の朝日には不思議な変化が。夫の雪之丞は、朝日を守るために因習に立ち向かう。

「もともと日本各地にある民間伝承って、人身御供や呪いなど怖いものも多いじゃないですか。参考にした伝承はありますが、設定はすべて私の創作です」

 『千年万年りんごの子』で描かれる、雪国で助け合って暮らしてきた人々の畏怖と信仰。その圧巻の空想力にまず舌を巻く。

「村の人々が閉鎖的だと思った読者もいたようです。私は地方出身なのもあってかそれが少し意外でした。平和に暮らすための知恵として、封印する、秘めたままにする、というふるまいは自然なことだと感じます。そのために雪之丞と朝日の運命は翻弄されることになるのですが」

 神木から物理的な距離を置くことでは呪いを回避できないことがわかり、ふたりは再び村へ戻る。第3巻では、いよいよ追い詰められた雪之丞が、開かずの蔵で厳重に保管されていた巻子の記録を頼みに、最後の一手に打って出る。

 朝日と雪之丞は、いわば互いの都合のすり合わせ的な見合い結婚で結ばれている。実は連載初期には、恋愛のプロセスをすっ飛ばして家族の物語を書こうと思っていたからだ。

「ところが、連載途中で編集さんが変わりまして。その編集さんは『このお話はラブ・ストーリーですよね?』とおっしゃる方でした。『僕が雪之丞ならこうする』といった恋愛軸も織り込んだ打ち合わせをすることに(笑)。たまに『そんなの納得できない!』と、双方の恋愛観? 人生観? を戦わせるうちに、決着の行方も変わっていきました」

 生い立ちのコンプレックスから、自我を押し込めて生きてきた雪之丞だが、朝日を愛するあまり初めて感情を爆発させるシーンは必見だ。

「ある意味、愛情ってすごくエゴイスティックでもあるんだなあと」

 この変化によって、物語は一気にクライマックスへなだれ込む。

「私は恒久的な幸せを信じていないというか。デビュー短篇集『地上はポケットの中の庭』でも描いたことですけれど、永遠は一瞬の中にある。翻っていえば“この一瞬が永遠”です。物語の結び方については発売後色んな感想を見かけましたが、受け取られ方は様々で却ってそれが嬉しく、描いてよかったなと思えました」

たなかあい
漫画家。短篇集『地上はポケットの中の庭』(講談社)でデビュー。本作で第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞。その他に、『誰がそれを─田中相短篇集─』(講談社)。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2014.04.09(水)
文=三浦天紗子

CREA 2014年5月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

たのしいガクモン

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特別定価780円