まさに「天界からの声」、ときめきとドラマのカストラート伝説

今回の来日公演では、ファリネッリのためにポルポラが書いた曲のみならず、ファリネッリの好敵手だったカレスティーニのためにヘンデルが手がけた曲の数々も披露する。

 この『ポルポラによるファリネッリのためのアリア集』は、18世紀に生きたカストラート、ファリネッリが歌い、聴衆を熱狂の坩堝に巻き込んでいた音楽なのだけど、約300年の時を経て、その「驚きのハイテク美」が再現されたことに驚いてしまうわ。これは、天才的な歌手の存在あってこそよ。

 ドラマティックでありながら、細部にわたってコントロールの効いたジャルスキーの美声は、ムラなくどの声域もヴェルヴェットのようで、一曲の中にさまざまな感情のドラマを感じさせる。凛々しく華やかな英雄のアリアから、悲劇的な運命の戦士まで、妖艶でありながらつねにノーブルな誇り高さを湛えているのが素晴らしいのです。

 共演のヴェニス・バロック・オーケストラの典雅なアンサンブルも、この時代特有の「胸騒ぎな」(?)バイブレーションを伝えてくる。古楽器の弓づかいが醸し出す、ざわざわした振動がたまらなく快い。

 カストラートとは、音楽の歴史の中における「キワ」の存在であり、大スターだったファリネッリも、言ってみれば「キワモノ」ぎりぎりの芸術家だった。その危険な道を、綱渡りのロープの上で爪先立ちするように、一点の曇りもない明快な音程によって歌い上げることで、キワモノは英雄になることが出来たのです。

 カストラートの去勢手術は19世紀に禁止され、現代のカウンターテナーは生物学的には完全な男性なのだけど、文化と社会の「キワ」にある危険な美を表現しているという点で、当時の精神を継ぐ冒険者だと言えるわ。男性がこのような艶やかな高音で歌うことに対して、芸術的に無理解な人は酷い言葉を浴びせかけるかも知れない。

 でも、ダイヤモンドの如く磨き抜かれたジャルスキーの声には、ありきたりの常識を超越した、高らかな「勝利」宣言を感じるのです。男性と女性、そのどちらでもない、水銀のように目まぐるしく転がっていく「違和なる声」のめざましさに、芸術の無限の可能性を感じてしまった、驚愕の一枚よ。

 100年に一人のカウンターテナー歌手、フィリップ・ジャルスキーの美声を聴きたい人に朗報。4月25日(金)に東京オペラシティ・コンサートホールで、なんとこの新作を含むリサイタルを行うのです。本物のヴェニス・バロック・オーケストラもついてきて、これは金環日食より貴重な日になるに違いないわ。

フィリップ・ジャルスキー&ヴェニス・バロック・オーケストラ来日公演
●東京公演
日時 4月25日(金)19:00~
会場 東京オペラシティ コンサートホール
●大阪公演
日時 4月27日(日)15:00~
会場 サンケイホールブリーゼ

小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

Column

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2014.04.08(火)