翌日もラテン夫妻が登場。決めゼリフはやっぱりあの言葉

「じゃあ、さっきの店に一緒にミルクを買いに行きましょう」。「あそこにはない。売ってる店はすごく遠いんだよ」。「かまわないから行きましょうよ。ミルクを買ってあげたいの」。こんな押し問答(?)を続けること数分。ついに、傍らにいた妻役の女性がしびれを切らし、ラテン夫にスペイン語でなにやらまくしたて始めた。

 タジタジするラテン夫の額には、光る汗。ちょっと彼が気の毒になり、私は「これしかないけど、ミルクを買ってね」と3ドルと数十セントを渡し、お別れをした。物質的に恵まれていなくても、人々が底抜けに明るく、本当の意味で豊かだと感じたキューバに、いやな思い出は残したくなかったのだ。妻役はプリプリ怒っていたが、夫役はなんだか申し訳なさそうに、「ありがとう。旅を楽しんで」と言ってくれた。

左:1959年のキューバ革命まで使われていた旧国会議事堂。
右:昔のラム酒工場を再現したハバナクラブの博物館。

 外国で詐欺にひっかかるとは情けないが、過ぎたことは仕方ない。それに、大金をすられたわけでもない。気を取り直して、私はハバナの街を歩き続けた。翌日、昨日の犯行現場からそう遠くない場所を歩いていると、ふたたび地元の人らしき夫妻が声をかけてきた。「いま何時?」。迷わず答えると、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブが……」。出た! ブエナ・ビスタ詐欺だ! 「ミルクが欲しいの?」。そう切り返すと、夫妻は驚いた様子で退散してしまった。男性は女性に大声で叱られ、お尻をひっぱたかれていた。詐欺コンビの男女の力関係は、どこも同じようだ。

 詐欺とはいえ、この程度であれば、まだまだハバナも平和なのだろう。実際、バイクタクシーのドライバーも、レストランのスタッフも、みな誠実で温かだった。ハバナは今でも大好きな街だ。あのときに買ったラム酒は帰国してモヒートで楽しみ、ゲバラが刻まれた人民ペソは大切に保管している。

素直でかわいいキューバの子どもたち。彼らがまっすぐ育つ社会であることを願う。

芹澤和美 (せりざわ かずみ)
アジアやオセアニア、中米を中心に、ネイティブの暮らしやカルチャー、ホテルなどを取材。ここ数年は、マカオからのレポートをラジオやテレビなどで発信中。漫画家の花津ハナヨ氏によるトラベルコミック『噂のマカオで女磨き!』(文藝春秋)では、花津氏とマカオを歩き、女性視点のマカオをコーディネイト。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。
オフィシャルサイト www.serizawa.cn

Column

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2014.03.25(火)
文・撮影=芹澤和美