日本版ハウスワイフ2.0現象も進行中

 翻ってわが国においてはどうだろうか。日本の女性の社会進出はアメリカより遅く、日本版ベビーブーマー世代に比される団塊の世代は、ほとんどが専業主婦だった。現在、若い女性たちのアンチ・ロールモデルは、均等法世代以降に登場した、総合職としてバリバリ働く “バリキャリ女性”なのかも知れない。彼女たちは、アメリカのベビーブーマー世代の母のような“男と同化した”猛烈な働き方を綿々と強いられてきた。激務と家庭との両立で体を壊したり、“負け犬”になってしまったりという先輩バリキャリ女性の姿を見て、20代をはじめとする後輩女性たちは、「痛い……」「自分はああなりたくない」と心に誓い、「ゆるキャリ」がいい、もしくは「いつかは専業主婦」になりたい、と願う。

 実際、早稲田や慶應といった一流大学の女子学生のなかにも、ワークライフバランスを重視して総合職ではなくあえて一般職を希望する傾向がこのところ見られるという。また内閣府調査において専業主婦志望の女子学生が増加した理由は、家庭志向に加えて、厳しい就活や、その後の働き方に絶望しているからとの分析もなされている。

 一方、すでにママとなった社員たちも悩んでいる。アメリカと違い、日本の大企業は正社員に限れば産休育休が整っている。だが、出産前と同じキャリアが両立できている“スーパーマザー社員“はごく少数。夫も両親も頼れないとなると、泣く泣く辞めざるをえないケースが多い。また、復帰したものの、第一線から外され「マミートラック」(ママ社員向けの補助的仕事コース)を甘受もしくは享受する女性も多い。そんななか真面目なママ社員であるほどキャリアの行き詰まり感に悩み、辞めてしまう。

 専業主婦になるには、先立つものが必要だ。日本において、高学歴女性はじつは専業主婦になる確率が高い。というのも、彼女達の夫が高学歴かつ高収入ゆえ、安心して専業主婦になれるからだ。また、夫婦の収入と出産率はリンクしており、正社員カップルのほうが、非正規カップルよりも子どもを産んでいるというデータもある。このように、若い高学歴女性が専業主婦へと転身しやすい要素は揃っているのだ。

「VERY」や「LEE」に登場する主婦起業家たち

 能力とやる気をいわば持て余した彼女たちが、メディアに存在するポジティブな日本版ハウスワイフ2.0的なアイコンたちに魅きつけられるのも無理はない。

 その発行部数と社会的影響力から“最強女性誌”との異名を取る、アラサー世代を対象としたおしゃれセレブ主婦雑誌「VERY」(光文社)。“ママCEO”と題された主婦起業家たちを連載ページで紹介し、食べものや環境に対する意識の高い主婦を“ミセス・オーガニック”と呼び、打ち出している。同誌には、わが子に安心なものを食べさせたいとの使命感から、オーガニッククッキーをナチュラル系コンビニで販売することに成功した若い女性などが登場している。

 主婦の憧れを一身に集めているおしゃれ主婦ブロガーも人気だ。ナチュラルながら感度の高い主婦向けの女性雑誌「LEE」(集英社)。その部数を支え、雑誌の顔ともいうべき存在の雅姫がそうだ。彼女が手掛ける子ども服やインテリア雑貨はネット通販されている。日本版ハウスワイフ2.0の聖地ともいうべき自由が丘に店舗を構え、二子玉川の高級百貨店で開催されるイベントには大勢のファンが詰めかける。

 そんな彼女たちはアメリカ同様、日本においても多様な層に対して感染力を持つ。会社では泣く子も黙るようなバリキャリが、週末は都心のファーマーズマーケットで有機野菜を買ってマクロビオティックのレシピを試作して疲れた心身を癒す。会社での将来に悩むママ社員が、主婦ブロガーのサイトを覗いて、いっそ自分も仕事を辞めて転身したいと夢想する。ワークライフバランスを大切にして、自然と触れ合ったり育児を経験してみたい20代男性も、“社畜“になることへ拒否反応を示し、ハウスワイフ2.0的な生き方に自由や人間らしさを感じたりしている。−−意外かも知れないが、都市部を中心に近頃わりと目撃される光景ではないだろうか。

ハウスワイフ2.0

著・エミリー・マッチャー、訳・森嶋マリ
本体1,600円+税 文藝春秋刊

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2014.03.06(木)
撮影=Jamin Asay