自ら描くことだけが「創作」ではない

フリッツ・カペラリ 「猫を抱く少女」 大正4(1915) 年 千葉市美術館蔵

 加えて興味をそそられるのが、同時開催の「所蔵作品展 渡邊版―新版画の精華」だ。なんだ所蔵作品展か、などと高を括っては損をする。巴水の木版画のほとんどをプロデュースした版元・渡邊庄三郎の仕事を回顧する、というテーマの下に集められた作品群は渡邊による新版画の、見方によっては巴水よりさらに「大胆」な成果を見ることができるからだ。

チャールズ・バートレット 「ベナレス」 大正5(1916) 年 千葉市美術館蔵

 たとえば渡邊が深水や巴水以前に刊行したのは、なんとオーストリア人のフリッツ・カペラリによる木版作品だ。白地にくっきりと映える描線はクリムトやエゴン・シーレを連想させずにはおかないが、抑えた色数や題材は紛れもなく浮世絵のもので、観る者に不思議な衝撃と感興を抱かせずにはおかない。あるいはロンドン、パリで水彩画とエッチングを学んだイギリス人、チャールズ・バートレットの《ベナレス》は、一見すると広重かと思わされてしまうほど「浮世絵ライク」な、水辺とその向こうに見える陸地がグラデーションをなす、インドの風景を描いている。そして山村耕花の役者絵は、東洲斎写楽同様、背景を雲母摺りにしたバストアップの「大首絵」だというのに、こうも違うのかと唸らされるモダンさに溢れている。

山村耕花 「梨園の華 初世中村雁治郎の茜半七」 大正9(1920)年 千葉市美術館蔵

 自ら描くことだけが「創作」なのではない。江戸時代も、蔦屋重三郎という版元があってこその写楽であり喜多川歌麿であったように、渡邊庄三郎という極めて個性的、かつ意欲的な版元の存在が、明治以降における版画芸術に新しい地平を切り拓いたことが実感できる、非常に興味深い展示となっている。

「生誕130年 川瀬巴水展―郷愁の日本風景」
同時開催「所蔵作品展 渡邊版―新版画の精華」

URL http://www.ccma-net.jp/index.html
会場 千葉市美術館
会期 2013年11月26日(火)~ 2014年1月19日(日)
休館日 2013年12月29日(日)~2014年1月3日(金)、1月6日(月)
入場料 一般1000円ほか
問い合わせ先 043-221-2311(代表)

橋本麻里

橋本麻里 (はしもと まり)
日本美術を主な領域とするライター、エディター。明治学院大学非常勤講師(日本美術史)。近著に幻冬舎新書『日本の国宝100』。共著に『恋する春画』(とんぼの本、新潮社)。

Column

橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」

古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。

2013.12.28(土)