しばしば私の自伝的作品に出てくる「リョウコ」とは、黒柳徹子さんと同じ昭和八(一九三三)年に神奈川県の鵠沼で生まれ、今年(二〇一九年)で八十六歳になる「規格外」の私の母親のことである。

 昭和三十五(一九六〇)年、二十七歳の時にリョウコはそれまで勤めていた会計事務所を辞め、自分が本当にやりたいと思っていた仕事に就くために実家を飛び出した。おかげで両親からは勘当状態になってしまい、しかも新天地・北海道で自分の理解者ともなる男性を見つけて結婚するものの早くに先立たれ、シングルマザーとして二人の幼い娘を抱えることとなる。誰かに縋ることもできず、育児も家事も仕事もすべて自分でなんとかするしかなかった。

 戦後、まだまだ女性が仕事を持つのが難しかった時代。演奏家という職業を選び、家族を守るために、大好きな音楽を演奏するために、リョウコが歩んだ道は平坦でなかった。

 リョウコにしても、最初から規格外な女性ではなかった。両親からは宝物のように育てられ、小学生時代の同級生からはよく「あなたのお母さんは本当に静かで大人しくて、私たちが遊んでいるのをいつも遠くからうらやましそうに眺めているだけだったのよ」と言われるが、そんな少女が後に、いったい何がどうしてバイタリティ旺盛に草原を疾走する野生の馬のような人間に変化するのか、人というのは本当に不思議な生き物である。

 うちは確かに世間の基準値的に見ればボーダレスな家庭ではあった。リョウコの子育ても一般的とは言い難いものだったし、彼女の、母親としての、それ以前に人間としての生き方が果たしてどれだけの方に理解してもらえたり感情移入してもらえるかはわからない。けれど、私がこうして世界のあちこちで暮らしたり行き来したりしながら、国境という箍の意識を持たない人生を送っているのは、明らかにリョウコという人間を間近に見て育ってきたその影響によるものだと思っている。

 子育てよりも、家族で生き延びることだけで必死な母親たちもたくさん存在する今のこの世界で、日本は細かい問題を抱えながらも、それでも平和な環境の中で家族のことを考えるゆとりが与えられているように思う。逆にそのゆとりのためなのか、自分は果たして良い母親なのか、子供はしっかり育つのか、そもそも正しい子育てが出来ているのか、仕事と両立させていくことは大変ではないのか、といった悩みをよく耳にする。

 この本は、子育てや女性の自立を支えるハウツー本ではないし、そもそも多様な悩みを抱えた昨今の日本の女性たちの役に立つかどうかもわからない。でもひとまず、鼻息荒く駆け抜ける野生の馬のように自分の選んだ仕事をし、子供を育ててきた一人の凄まじき女の姿を思い浮かべてもらうことで、自分や子供の未来に対してどこまでも開かれた、風通しの良い気持ちになってくれたら筆者も嬉しく思う。


SHARE

この記事が気に入ったら「いいね」をしよう!