オーケストラのお給料というのは決して高いものではないらしい。リョウコに言わせれば「全然大したことなかった」そうだ。傍目には優雅な文化的職業でも生活は極めて倹しく、リョウコは愛読書『暮しの手帖』のアドバイスを綿密に応用し、お金がなくても満たされた生活を実践しようとしていた。「お金なんかなくたって、いくらでも幸せになれるもんなのよ!」と私達に言い聞かせるリョウコ。だが実は、彼女はお金を持たずとも、欲しいものを両親に伝えれば大概何でも手に入る暮らしを経験していたのだ。だからなのか、私も妹もお小遣いを貰ったことがなかった。

 リョウコの帰宅が遅くなる時は、手製のおにぎりと共におかず代の千円札が机の上に置かれていて、妹と私はそれを折半して好きなように使っていた。実質的にはその500円が私達のお小遣いとなるわけだ。堅実な妹はおいしそうなおかずを調達しつつ貯金までしていたが、私は「週刊少年チャンピオン」が必須の出費だったし、それを読みながら食べるお菓子を買ったらもう手元には一銭も残らなかった。当時から、家計をコントロールする能力が完全に欠落していて、それは正直リョウコ譲りだったと言っていいと思う。

 そう、リョウコの金銭感覚はどこかおかしかった。彼女が家にいるのに、質素な食事がなぜか長期間続くことがあった。不服を申し立てると「高い楽器買っちゃったから仕方ないのよ。しばらく節約ね!」というあっけらかんとした返事。お風呂も付いていない市営住宅の一室で奏でられる、古いイタリア製のヴィオラの調べに耳を傾けながら、感覚的でダイナミックな買物しかしないリョウコの経済観念に、娘達は幾何かの不安を抱いていた。

 だが、不思議なことにお金が底を尽きて困り果てる事態に陥ったことは一度もない。貧乏でもお金の影響力に翻弄されることのなかったあの暮らしは、花森安治のお陰もあるけど、リョウコの持つ比類無き才能があったからこそ叶っていたのではないかと思っている。


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