継がれる愛の輝き、品格の系譜

 1854年の創業以来、直系ファミリーだけで6代続く「ロイヤル・アッシャー」。その輝かしいダイヤモンドと品格の系譜を辿ってみよう。

ダイヤモンドの聖地で
歴史的偉業に触れる

 アムステルダム――優雅に流れる運河の傍らに幾何学的なデザイン建築が並び、水面に揺れる光と影が美しい。忙し過ぎず、のんびりし過ぎずの心地よい時間の流れは、そぞろ歩きにうってつけだ。

夕陽に輝く風車はオランダのシンボル。

 目抜き通りから少し外れた一角には“DIAMANTSTRAAT”(ダイヤモンド通り)のサイン。聞けば、ここはかつてダイヤモンドの工房や店が軒を連ね、ダイヤモンド村が形成されていたという。

目抜き通りの東側に走る「DIAMANTSTRAAT」(ダイヤモンド通り)にはかつてダイヤモンドの工房などが軒を連ねた。

 日本ではあまり知られていないが、400年以上前からアムステルダムは世界有数の“ダイヤモンドの聖地”である。遡れば17世紀、信教の自由が認められ、組合の制約もなかったオランダに、ダイヤモンドと縁が深いユダヤ人が安住の地を求めたことに端を発する。さらに遡れば、中世ヨーロッパで迫害された彼らは、軽くて容易に携帯でき、資産価値がある宝石類を好んで所有した背景がある。

1907年に建設されたロイヤル・アッシャー本社ビルは今も健在。右の棟ではかつて500人以上もの職人が昼夜作業していた。廃墟になっていたがごく最近建て替え工事が始まった。

 そんな歴史を紐解きながらダイヤモンド通りを北に進むと、突き当たりのT字路には、頂点から村全体を見守るように、“ASSCHER”のロゴを携えたビルがそびえ立つ。1854年、アイザック・ジョセフ・アッシャーにより創業された同社は、家族経営による164年の歴史のなか、いくつもの偉業を成し遂げてきた名門ダイヤモンドジュエラーである。その功績に対し、1980年、オランダ王室から「ロイヤル」の称号を授かり、「ロイヤル・アッシャー」に改名した。

優れたダイヤモンド職人だった創業者のアイザック・ジョセフ・アッシャー。

 偉業の一つは何と言っても、世界史上最大、3106カラットのダイヤモンド原石「カリナン」のカットを成功させたことだろう。

 1905年に南アフリカの鉱山で発見されたその巨大な石は、当時、隆盛を極めていた英国国王エドワードVII世に献上され、国王はアッシャー家3代目のジョセフにカットを依頼する。彼は'02年、58面を持つ革新的なスクエアカット「アッシャー・カット」を開発、'03年には兄弟であるアブラハムとともに997カラットの原石「エクセルシオー」のカットを成功させ、“世界一のカッター”として名声を得ていたのだ。

 そして'08年、見事に「カリナン」のカットにも成功。切り出された9個の大きなダイヤモンドと96個の小さなダイヤモンドのうち、最も大きな2つは「カリナンI世」「カリナンII世」と名づけられ、英国王室の王笏と王冠に埋め込まれた。贅を極めた華麗なクラウンジュエルは、'53年、現エリザベス女王の戴冠式で披露された。

“世界一のカッター”と呼ばれたジョセフ・アッシャー。1908年、英国のエドワードVII世からの指名で世界最大、3,106ctのダイヤモンド原石「カリナン」のカットに成功。

 また、「アッシャー・カット」の洗練されたシャープな輝きは一世を風靡し、現在も多くの名門ジュエラーに流通する代表的なダイヤモンドカットの一つとなる。これは2000年にリメイクされた「ロイヤル・アッシャー・カット」の前身として、歴史に刻まれることになった。

ダイヤモンドの聖地と呼ばれるアムステルダムはまた花の街でもある。特にチューリップの美しさは格別。

Edit & Text=Mami Sekiya
Photo=Yoshihito Sasaguchi(SIGNO)

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