世界各地の文化が混ざり合った風景とは?

ヴィクトリア近くの桟橋。夕暮れ時、一日の余韻を味わいに海へ訪れる住民が多い。

 世界へとマヘ島の扉が開かれたのは、1742年、フランスの探検隊によって。当時のフランスの蔵相の名前から「セイシェル諸島」、上陸した総督の名前をとって「マヘ島」と名付けられました。その後、1778年にフランス軍の駐屯地としてヴィクトリアが築かれ、今日にいたるまで政治経済の中心地になっています。

人工島の“エデン・アイランド”。政府主導でレジデンスやマリーナなどのプロジェクトが進められています。

 世界デビューから約250年。歴史としては決して長くないのですが、その激動ぶりはかなりのもの。まず、フランスの船乗りやアフリカ系の人々、そしてアラブやアジア諸国の商人が海を渡ってやってきました。フランスからイギリスへと統轄がシフトすると、欧州の人々も、大挙して訪れるように。

左:19世紀中期のコロニアルなお屋敷をギャラリーにしたケンウィン・ハウス。
右:いろんな宗教の人々が平和に暮らすヴィクトリア。

 やがて、それぞれの人々が故郷の文化や食生活を持ち込み、それらが混ざり合い、洗練された“クレオール文化”が誕生。

 “クレオール”とは、もともとは移住した植民地で生まれた白人のことを指し、ハーフやアフリカ系の人々も含むようになったそう。クレオールたちが生み出した文化はセイシェル以外にも、米国南部やカリブ海地域で見られます。

手を加えながら現役で使われている建物が続くアルバート通り。

 ヴィクトリアの街を歩けば、キリスト教の大聖堂があればヒンドゥー教の寺院もあるし、近代的なビルもあれば18世紀の植民地時代のままの建物が続く通りもあります。行き交う人々の中には、褐色の肌にアジア特有のアーモンド型をした瞳の、美男美女が目に留まります。

 料理にも特徴があり、フランス料理や中東、アジアの味わいが融合しつつ、レンズ豆をたっぷり使ったスープやカレーなど、スパイスが効いたメニューが印象的です。

市民の胃袋を満たすマーケット。新鮮な野菜や魚の露店が並んでいます。

 いわば、どれもいいトコどり。かつ、この国では“多様性”としてあらゆるものが受け入れられているようです。

2017.01.21(土)
文・撮影=古関千恵子