やりたいのは映画だ、と思った瞬間

「私、こう見えてガテン系なんですよ」という砂田さん。

――いわゆる就職氷河期だったんですね。

砂田 氷河期は氷河期でしたけど、テレビ局に落ちて、制作会社は受けずに留学しちゃったんです。

西川 テレビマンユニオンは受けなかったの?

砂田 受けなかったです。台湾に留学して、1年後にもう一度就活やろうと。でも、2年目もみんな落ちて、すごく落ち込んで。それで家に引きこもって、ものすごい数の映画のDVDを観たんです。そこで、ずーっと自分の中にあった、テレビドキュメンタリーに対するモヤモヤがすっと解けて。私がやりたいのは映画だ、って思った瞬間があったんです。

西川 そこまで映画はあまり観てなかったんだ?

砂田 あんまり観てなかった。

西川 そんなに映像に囲まれた環境にある大学に通ってて、まわりの学生も映画は観ないの?

砂田 私が見る限り、少なかった。藤沢の、さらにど田舎にあったので。

西川 映画館がないんだ。

砂田 そうなんです。東京で遊んだこともないです。

西川 じゃあ、これだ、って思った映画ってあるの?

砂田 覚えてないですねえ。

西川 覚えてるけど恥ずかしくて言えない映画なんだ(笑)。

砂田 あ、一つ思い出した! アン・リーの『ウェディング・バンケット』っていう映画。これでアン・リーにすごくはまったんですよ。

西川 私は観てないけど、どんな映画なの?

砂田 台湾映画なんだけど、一人息子がニューヨークにいて、台湾人の親は彼を結婚させたがってるんだけど、息子はゲイで白人の男性の恋人がいる。そこで親を安心させるため、グリーンカードをほしがっている中国人の女性と偽装結婚をするっていう話。

西川 すごい砂田っぽい。砂田のプロットを聞いているようだ。

砂田 えー、本当?

西川 なるほどねえ。

砂田 出てくる人はアジア人なんだけど、舞台はニューヨークだし、アン・リーも永くアメリカに住んでいるんで、すごく映像もスタイリッシュだし、いわゆる日本映画の王道と違って……。

西川 誰の映画のことを言ってるのかな?(笑)

砂田 なんか画面が暗くてよく見えない、みたいな映画(笑)。そういう映画と違って、映像がなんというか。

西川 ポップなんだ?

砂田 そうなんです。あと、他に覚えているのは高校生のときに観た『Shall We ダンス?』とか。あれもすごくポップで私が知っている日本映画と違って驚いたんです。

西川 良い意味で軽いものね。

砂田 あと、『スワロウテイル』とか。

――そこから映画の世界に飛び込んだんですね。

砂田 そこから人生の転落が始まった、と。

――転落してませんよ(笑)。そこからどうやって監督助手になられたんですか?

砂田 実は、IT企業にようやく内定がもらえたんですが、当時、河瀬直美監督のアシスタントをしていたんで、悩んだんです。

西川 学生時代からやってたの?

砂田 そうです。4年生のときに、河瀬監督のトークショーで待ち伏せして。

西川 ええ! すごい。

砂田 私、こう見えてガテン系なんですよ。

西川 でも、ドキュメンタリーを目指していたんだよね?

砂田 そうですね。でも留学した後、とにかく映画の現場を知りたいって思ったけど、どこにもコネクションがない。それで、誰でもいいから、と。

西川 「誰でも」! ここ、書いておいてください!(笑)

砂田 違います、違います! 誰でもよくはないけど、知り合いはいないし、どうしようってときに、河瀬監督のトークショーがあったんです。そこで、待ち伏せして「鞄持ちでもいいので、現場に入れてください」とお願いしたら、ちょうど『追憶のダンス』というドキュメンタリー映画を撮るところで、アシスタントとして入れてもらえたんです。

西川 いきなり?

砂田 そう。でも、その現場で自分は映画監督に向いていないな、と思わされて。河瀬監督はとても感情豊かだし、情熱的だし、生い立ちから何から、映画にするべき葛藤がご自身の中にある。でも、私にはそういう葛藤は何もないなって。

西川 ポテンシャルが違う、と。

砂田 そう。それで完全に怖じ気づきまして。せっかく監督が目をかけてくださったのに、一旦IT企業に就職したんです。それから何年かしてまたフリーの助手になるんですが。

西川 その気持ちは私もわかる。監督になるために生まれてきたような人っているんですよね。私も何人か知ってます。

砂田 私からすると、西川さんも監督になるために生まれてきた人ですよ。

西川 ぜんぜん、そんなことないですよ。そういう生まれながらにしての、ナチュラルボーン映画監督に対してのコンプレックスというか、欠落感がずっと私にもありますね。

――でも映画業界に入りたいという気持ちはあったわけですよね。

西川 それは映画が単純に好きだったし、自分が尊敬するカルチャーだし。好きな世界で働いてみたい、という誰しもが思う気持ちですね。そこで、エンドクレジットを観るとあれだけたくさんの人が働いているわけだから、どこか一つくらい自分もはまる仕事があるだろう、という気持ちだったんです。砂田さんみたいに子供の頃から映像の作り手を目指していて、それで進学先も決めた、とか私は考えたこともなかったし、大学でもそういう勉強もしてない。動機不純だったんです。今、話を聞いてすごく基礎の勉強もしているんだ、と驚きました。

――あまりおふたりでそういう話はしないんですか?

西川 そこまでよく知らないんで(笑)。

砂田 またそれを(笑)。

2016.10.07(金)
文=石津文子
撮影=志水 隆